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LAST MESSAGE

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

とうとう最後の記事となりました。先ほどの記事の通り様々な用事がこの後あり、ブログを書く時間がなくなってしまいました。約束の19時はちょうどハロウィンイベントのお迎えの時間です。なので丁度の時間にCloseする事が出来ないので、少し早く閉鎖になるかもしれません。

ただ、記事は削除しますが、ブログのURLは残します。あちこちリンクが貼ってあるところ、紹介した手前、何もなしのからっぽでは申し訳ないので、「このブログは閉鎖しました」というお知らせは残したいと思います。

昨晩話をしたKちゃんが、「私なら土日くらいはOPENにしておくわ。アクセス数がもっと伸びるわよ、勿体ない」というのですが、もう約束してしまいましたし、武士に二言はないのです。

昨日はPV6809UU383でした。こんなにたくさんの方に訪れて頂いて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。また、「応援しています」と直接メッセージを下さる方もいらして、励みになりました。お礼申し上げます。

いやいや、ハロウィンのお話どう思われました?今手が震えています。本当に怖かったです。ハロウィンだけに本当の魔女が来てしまったなんて、我ながら上手い例えだと思いますが、彼女の仮装は洒落にならない程魔女が似合って決まっていました。心臓に悪いので、もう二度とみなくて済むように祈るばかりです。

娘はディズニーが大好き、得にお姫様ものには目がなかった時期がありました。そこに必ず出てくるのは、良い魔女と悪い魔女。ボスママさんにも、いいボスママさん、悪いボスママさんがいるのではないでしょうか。しかしボスママさんというのは、私のような一匹狼、自分勝手に行動する人を嫌いますので、私にとってのよいボスママさんはこの世に存在しないという事になるようです。

あちらこちらのボスママさんに嫌われ、疎外されるという事、例えるなら企業のトップに悉く跳ねだされ、それはもうどこの組織にも入れないという事です。私は元々そういうつもりは全くなく、ママ友達で溢れ返るここ豊洲で、縁のあった方々と群れてグループの一員として子どもを育てるという目的に添った仲間達と助け合い、楽しむつもりでした。でも、なんだか、いつの間にか、こういう事になっています。

それには様々な理由や誰かの意思、運や縁、様々なものが絡み合ってそうなったのだと思います。もう苦しんで死にそうになり、もういいと思えるまで8年かかりました。「ママ友なんてどうでもいい」これはやはり強がりの何ものでもなく、出来れば私という人を理解し、寄り添ってくれるママ友さんが欲しかったなと思います。でもそれは甘えとうか幻想なのですよね。

そもそもママ友達ってなんだろう?どうしたら悩まないで済むかしら?もう私みたいに悩む人が出ませんように。そんな風に思って始めた小説やブログですが、これも余計なお世話、あなたみたいな要領の悪い人なんてそんなにいませんよと思う方が多数かもしれません。

でももしかして、私も一緒、そうなのよ、と悩んでいらっしゃる方がいらしたら、少しは気持ちが軽くなって下さったのではないかなと思います。「こんな悲惨な人がいるのね、私なんてマシな方なのね」と。

多分、ここ豊洲界隈で、一番ママ友達に悩み、苦悩し、辛酸を舐めたであろうこの私ですが、もうこれも今日で最後になると思います。

「ママ友やめました」

8年間ママ友を見つめ続けていた時間、なんと勿体ない事をしたんだろうと思います。特にKing Of BOSUMAMAさんで悩んだ時代は、丁度下の息子の授乳期、離乳食期でした。ストレスでおっぱいが出ない、でもそれにも気がつかず、一歳検診で「おかあさん、おっぱい出ていますか?」と聞かれて、慌ててミルクを足した事、息子用の離乳食、何を作ったのかあまり覚えていません。

そんな息子は平均よりやや小さく、今の私の悩みとなっています。足が速くなくていい、体操得意にならなくていい、プールなんてどうでもいい。もうちょっと大きくなってくれないかなと。

ママ友に注意を払うのをやめた私の隣には、二人の子ども達がいました。二人ともこれまでも私をじっと見つめ続けていたのでしょう。

「ママ、もっと私をみて」
「ママ、もっと私とお話して」
「ママ、もっとかまってよ」

そんな風に思いながら。

最近になり、やっと娘との関係がややよくなってきたように思います。まだまだ、そしてこれからも反抗期は続くのかもしれませんが、「ママぁ」と甘えてすり寄ってくるようになりましたし、学校のお話をよくしてくれるようになりました。私がやっと聞く耳を持ったからです。

ママ友なんかどうでもいい、私はいらない、とは思いません。地域のコミュニティで子どもを健やかに育てるためには、多くの人の手が必要です。実家も遠く、頼る人もいない豊洲のママ達、そういうものにとって代わるのは、やはりママ友以外にいないような気がします。

でも、ママ友にばかり気を使い、消耗し、疲弊し、更には子どもに八つ当たりするような事は決してあってはならないと思います。もし孤立してしまったら、仲間はずれになったと思ったら、こう思って下さい。

「気のせいだわ」と。

人の思惑などどうでもいいのです。

「お母さん達が仲良くして下さい。そうすれば子ども達も仲良くなるんです」というのは、間違いではありませんがあまり聞きたくない方も多いと思います。

「お母さん達はリラックスして下さい。そうすれば子どもたちは勝手に仲良くなるんです」

マンガ友達のKちゃんも言っていましたが、幼稚園、小学校の友達なんて私達よく覚えてないでしょうということ。中学高校大学社会人と、親の手を離れて出来た友達が今の本当の友達じゃないでしょうか?子どもが仲間はずれになるから、お友達が出来ないから、そんな理由でママ友達を求めても、何もないですし、何も残りません。

それに子ども達が大きくなれば、それぞれの学校のPTAだの、子どもの異性との交際、本当の反抗期、それから重くのしかかる教育費や諸費用。もうママ友の悩みや喜びなど消えてなくなってしまうものなのです。

私は、いずれさっぱりと無くなってしまうとわかっているものに煩わされないで、子ども達をみつめていきたいと思います。なんだか、だから何なの?という終わり方で申し訳ありません。私もまだまだ途上で、これからブログや小説を続ける中で答えを見つけたいと思っていたのですが、それが叶わなくなりましたので、答えもまだ見つけられていません。

わかるのは、もしかして人生最後の日なのではないかしら?そうしたらきっと私はこう思うと思います。

「もっと子どもとの時間を大切にすればよかった」

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「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」はこれで終了となります。今までご支援、本当にありがとうございました。


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theme : 思ったこと・感じたこと
genre : 日記

Happy Halloweeeeeeen:-)

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

今日は期日の日となりました。朝食の用意、お弁当、園への送迎、それから、冷蔵庫がとうとうカラッポに近い状態になっていたのでスーパーに買いものに出かけました。

それから以前から約束のあった弁理士さんを訪ね、家に戻りました。今日は子ども達のハロウィンパーティがあります。衣装を用意しなくては。探し出しましたがどこにもありません。探して探して家の中をひっくり返してやっとありました。良かった、本当によかった。

今日はハロウィン。そんなイベントをするママ友さんなんて、いないんじゃないの?という声が聞こえそうですが、ママ友絡みではないのです。娘の英語教室のイベントで、本格的なハロウィンをしましょうという企画があり、「息子ちゃんもどうぞ」という事でふたりとも参加できることになりました。

あと、これは後日なのですが、「ママ友がゼロなので、子ども達にハロウィンを楽しませてあげられないわ」とご近所さんに愚痴ったところ、「それなら家の子の教室でハロウィンパーティがあるからいらっしゃいよ」と言って下さる方がみえて、こちらも参加させていただける事になりました。

捨てる神あれば拾う神あり。ハロウィンの神様、ありがとうございました。ハロウィンだから、おばけさんでしょうか?

ハロウィンとかクリスマスのイベント、豊洲界隈ではあちらこちらでイベントがありますし、仲良しのママ友さん達が会を設けます。昔、BUDDYバスを利用していた頃は、バスを降りてきた子ども達を驚かせようとお母さん達で相談し、それぞれがおばけや魔女の格好をして待機、びっくりする子どもたちにお菓子を配るという、楽しい企画がありました。

一年目は無事に終わったのですが、次の年はありませんでした。私が余計なひと言を言ったからです。当時のバス停の皆様、本当に申し訳ありませんでした。

そろそろハロウィンねえ~などとバス停の方々とお話が出た時に私は「今年もバス停ハロウィンやりましょうよ」と提案してしまったのです。あらいいじゃない、そうね、などと声が上がりました。皆さん気持ちが盛り上がり、浮き浮きした空気が流れました。様々な打ち合わせ、相談、お菓子どうする?など、毎日その話題で持ち切りでした。

するとある日、ブログで少しお話しているKing of BOSUMAMAさんが腕を前で組み、ちょっと困ったような、それでいて目をぎらっと光らせ、顔をちょっと傾けて私のところに真っ直ぐ来て言いました。

「ねえ、ハロウィン、気が進まないっていう人がいるの」

ゆっくりはっきり、言いました。すごい圧迫感がありました。私はたじろいで、それでも「え?どうしてですか?どなたですか?」と聞いたのですが、「そんな事、言えないわ」と、にっと笑いました。ハロウィンだから、本物の魔女が来ちゃった、どうしよう、と怖くなりあたりを見渡すのですが、誰も発言せず、事の成り行きを見守るのみでした。

「そういう事だから、今年はなしで」

は?なに言ってるの?あなた一人で決めていいと思ってるの?みんなやりたいって言ってるのよ?と、言いたかったのですが、絶対に言えない言わせないわという雰囲気がありました。

King of BOSUMAMAさんが去った後、そこにいる皆で相談しました。「ねえ、どうする?」「じゃあバス停じゃなくて、ちょっと離れたマンションのパーティルームでする?」などとその場では意見が出ましたが、日に日にその話はタブーという雰囲気が生まれ、バス停ハロウィンはその年はなくなってしまいました。

私が悪かったのです。

King of BOSUMAMAさんからしたら、私のようなボスでもハブでもなんでもない人が勝手にやろうという。もう我慢ならないのですよ。自分が「やらない?」と言って、それでその場の皆が賛同する。それでないとダメな訳です。ハロウィンだけじゃありません、クリスマスも、卒園イベントも、ランチ会もお茶会も。

実際それらを提案するのは、私がいたバス停ではこのKing of BOSUMAMAさんだけでしたし、他の人がやろうという時は、King of BOSUMAMAさんが自分に忠実な腹心に「私ちょっと忙しいからこれお願い出来る?」などと発注する時だけでした。

次の年にはホワイトナイトが現れ、無事にバス停ハロウィンが出来ましたが、その年の寂しさといったら。もうハロウィン自体が絶対禁止というような雰囲気で、このバス停の方々はどなたもハロウィンしなかったと思います。この時はまだ本当に仲間はずれにされてはいなかったので、どなたかがすると言えば呼んで下さった筈ですが、全くありませんでした。

この翌年のホワイトナイトのお話もしたいのですが、この方にご迷惑をお掛けするかもしれませんので記事にするのは控えますが、本当に溜飲が下がったというのか、すごい、と思いました。また機会がありましたら書きますね。

そんな訳で、ハロウィンというと、このバス停ハロウィンを一番に思い出します。「気のすすまない人がいる」っていうのもすごいな、と。「それ、あなたの事でしょう?」こんな風にはきっと今でも言えません。言える人、この豊洲にいるかしら?

書いていてドキドキして具合が悪くなりそうですが、本日最後なので頑張って書いてみました。

Trick or Treat お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ
Trick or Treat 言う事きかないと仲間外れにするわよ

私は今でもこの方がとっても怖いです。無邪気な幼いころ、一番怖いものといえばやっぱりおばけでした。でも大人になり、子どもを産んでからは違います。一番怖いもの、それはこの、King Of BOSUMAMA さんなのです。

これを読んで下さる皆様が、楽しいハロウィンをお過ごし下さいますように。

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genre : 日記

ママ友やめました5

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

一日にこんなに大量の文書を書くのは初めてで、ちょっと疲れてきました。さきほど気分転換に晩御飯のおかずを作りました。私は料理が好きで、食材を切ったり料理したりすると、気持ちが落ち着くのです。

今日の学校公開の給食に牛蒡が入っていて、「ママ、これサクサクしていて美味しいんだよ」というのでみると、スライスした牛蒡でした。

子どもが食べないだろうと我が家の食卓に上ることは少なかったせいかもしれません。早速帰りに四丁目のたつみチェーンで牛蒡と豚肉を買い、きんぴらごぼうにしてみたのです。子どもが美味しいというとそればかり作ってしまいますので、少し経つと「もういい」と言われてしまいます。子どもの好物を潰してしまう馬鹿な母親なのです。今度は加減しようと思うのですが、やっぱり繰り返してしまいます。学習能力も低いのかもしれません。

それはさておき、続きを書きたいと思います。

もう終わった、と思っていたグループの脱退。ある日園に息子をお迎えに行くと、その当時の学年主任の先生が
「森生さん、ちょっといいですか?」と声をかけてきました。「Kさんから相談を受けているんですけれども、最近何かありましたか?」と。

あの事だわ、ぴんときました。私が「ちょっといい?」と声をかけて、「こんなのイジメじゃない」と言いながらちょっと後を追いかけた事、何度もメールした事「ちょっと待ってよ」と大きな声をあげたこと。話し方によってはストーキングと思われても仕方ありません。現に「迷惑だと言ってらっしゃいます」と言われました。

私は事情を説明し、ストーキングをしている訳ではないこと、グループから仲間はずれにされた事、困っているのはこちらだという事、でももう終わった事なので。と、お話ししました。かなり長々と色々お話したかもしれません。

もう失礼しちゃうわ、そんな言い方していたなんて。

もうモヤモヤしっぱなしでした。そんな所にBUDDYの当時副園長先生だった田中先生から電話がありました。「揉めて困っていませんか?」と。「困っています」と答えると、「話し合いしますか?」と聞かれました。私は「します!」と即答しました。

もう何もかもをはっきりさせたい、誰がこんな事をしているのか、何を言っているのか、グループの人それぞれひとりづつ、聞いてまわりたい気持ちだった私にとっては渡りに船でした。「じゃあ、来週の日曜日はどうですか?時間は16時で」「はい、よろしくお願いします。全員来るんですか?」「声をかけておきます」と言って下さり私はほっとしました。

もう何もかもはっきりさせたい。

この気持ちが本当に強かったのを覚えています。かつて娘の江東BUDDY時代、マンションのボスママさんに嫌われじめられ、バス停グループからも仲間はずれにされ、その時いた誰からも味方になってもらえなかったという辛い経験がありました。本当に怖くて辛くて厳しい時代でした。もうほんっっっっとに引っ越したい、転園したいと日々思っていました。その時はっきりその時のボスママさんに聞いてみればよかったのです。

「私の何がそんなに気に入らないの?私、何かしましたか?」

そんな事を言ったら今度は何をされるか、怖くて恐ろしくて聞けませんでした。子ども達にまで容赦のない方でした。

前にブログでも書きましたけれどこの方、私以外の方とは非常に軽やかに楽しくお付き合いをする方で、いつも人に取り囲まれている人気のある方です。

みんな大好き!だからみんなも私を好きでしょう?というような、芸能人のようなオーラと美貌とスタイル、ファッションセンス、、、はそれ程ではないのですが(あ、言っちゃった)とにかくこの豊洲界隈の「King of BOSSMAMA」です。ボスママの中のボスママ、誰も逆らえませんし、この豊洲で出来ないこと、叶えられない事はないんじゃないでしょうか。

そんな方に嫌われてイジメられ続けた訳です。正直こうしてブログに息子のママ友の話を書いていますが、この方との日々の事を考えたら、もう本当に「いいよ、いいよ、なんでも大丈夫」という感じなのです。この方の事は「キャナリーゼリの憂鬱」という小説に書くつもりなのですが、この方にばれたら、確実に訴えられます。ご近所にご夫婦で弁護士をされている方がいらっしゃいます、その方と非常に仲が良いそうです。なのでもう今回の事もありますし、小説も更新しないかもしれません。本当に怖いのです。

また話しが逸れましたが、そういう訳で皆を集めて話し合いをすることになりました。

我が家は夫も出席する事になりました。揉めたきっかけというか、理由になった現場にいたのは夫ですし、当時どうだったの?という話しが出たら説明して貰わなければなりません。その時の話を聞いたのですが、喧嘩をしながら話したせいか意味も状況もよくわかりませんでした。なので本人に語らせればいいわと思ったのです。

あとは前の記事に書いた弁護士さんにも最初出席してもらうつもりでいました。友達なの?と思われるかもしれませんが、全く違います。以前事故処理をお願いしたことがある、というだけです。フレンドリーな方でもありません、いつも私との間にきちっと線を引くようなところがあります。一度お話をしている時に私が冗談を言ったら「冗談が過ぎます」と怒って部屋を出ていかれた事があります。

そういえば事故対応の方針の違いで喧嘩をした時は「もう辞任します!」と言われた事がありますし、事故の処理の最後の最後で私は一点だけ気に入らない事があり、文句を言ったところ「それならもうお金返しますよ」と、着手金、報酬のお金を全額返金された事があります。それまで散々お世話になった私は、またそっくりそのまま振り込みしました。

なので関係がスムーズという訳ではないのですが、何かあると細々と相談したりしてしまいます。お忙しいのに申し訳ないのですが、今後も何かあればお願いする事になりそうです。「先生の事、ブログに書いていいですか?」と聞いたら、僕だとわからないようにしてくれるならいいです。とのこと。実名出した方が宣伝になりませんか?」と言ったら「勘弁して下さい」だそうです。でも、実直で真面目で武士という言葉がぴったりな方です。

もし何かお困りで弁護士さんを探していらっしゃるのでしたらご紹介しますので言って下さいね。相談料は30分5,000円。そのまま依頼に繋がれば、弁護料にスライドして下さるそうです。とういか、私の時はそうでした。

それからもう一人相談した方がいます。この方は女性で、家族問題について詳しい心理カウンセラーの方です。子育て、ママ友付き合いで悩んでいた私は、豊洲みずべの先生に相談していました。そこで紹介された方です。区の施設を利用すれば、相談は無料です。普段は一時間8,000円だそうですが。この方にこういう会議があるのですが、どうしたらいいでしょうかとお話ししました。

「まず、いじめというのは犯罪という事を認識してもらう必要がありす。その上で森生さんが納得するという事がゴールと思って下さい。納得できなければ、何度でも開催して貰うのがいいと思います」と。他にもそういった話し合いのルールやチェック項目を教えて頂いたのですが、忘れてしまいました。でも「いじめは犯罪」「私が納得するまで」という事は覚えています。

でも、何度も開催はありませんでした。この一回きりで終了となりました。私は納得いきませんでしたが、スッキリとしました。

最初は田中副園長先生のお話からはじまりました。「今日で話し合いは最後にして下さい。言いたい事がそれぞれたくさんあると思いますが、我慢して下さい。最後にして下さい」と。それから「話しあう場所ではありません、今日は私が皆さんに注意するつもりで呼びました。もめごとを起こされると園としては非常に困る訳で、もうやめて下さい。主役はお母さんではありません、子ども達なのですからそのつもりでお願いします」

そうでした、BUDDY幼児園豊洲は子どもの幼稚園なのであって、お母さん達がママ友達とか、ママ友グループを作る場所ではありません。子どもが健やかに園生活を楽しめるようにサポートするのは必要ですが、群れ固まってお友達ごっこを楽しむのは目的ではない筈です。それを私たちはすっかり忘れ、やれ仲間はずれにされただの、飲み会に来なかったから忠誠心が足りないだの、みんな集合だの。

ちゃんちゃら可笑しい訳です。

そして話し合いは続きました。私を最初に無視したKさんは、私がメールに書いた「ママ友は友達じゃない」というところを気にされていたようで「友達じゃないって書いてあってショックだった」と言いました。あんな風に私を仲間はすれにしながら、何が友達なのよ!と言いたかったのですが我慢しました。目の前でたった今、田中副園長先生に「我慢しろ」と言われたばかりですから。

色々言われましたし、私も言いました。多分、私が話している時間が一番長かったかもしれません。田中副園長先生が「森生さん、もうそのくらいで」と何度も言いましたけれども私は止まりませんでした。

結婚して豊洲に新居を構え、子どもを産みました。新居は新築マンション、場所は再開発の進む、今は憧れのマト的な地域ですし今後益々発展し、進化するキラキラする街です。しかも私は専業主婦。

もうどこを切っても「幸せ」とか「満ち足りた生活」とか「煌めく人生」みたいな感じじゃないですか?でも実際はママ友関係に失望し、疲れきって命を繋ぐのが精いっぱいの毎日。もういつお迎えが来たとしても不思議じゃないような状況です。体力も気力も自信ないです。

それに、今娘が8歳ですから8年ですよ?こんなに長い間、ママ友関係で悩み続けてきたのです。私、何か悪い事しましたか?どうなの?誰か教えてよ!

こんな気持ちでしたので、このグループの方にというより、豊洲のどこかに存在する「ママ友の神様」に怒っていたのかもしれません。もういい加減にしてよと。ママ友の神様は女神さまだと思います。女神さまはちらっと幸せを与えてくれたりすることもありますが、ある日突然奈落に私を突き落とす事をしょっちゅうされます。これ以上関わっていたら多分本当に死んでしまいます。何度も言ってもう聞きあきたかもしれませんが。

なので、ママ友やめました。ママ友の女神様が私に頬笑みかけても、もう騙されません。

この会議の最後に、そろそろという感じで「何かありましたら」と田中先生が言われまました。私は「はい」と手を挙げて「最後にひとりひとりにお話しをして欲しいです。今回の事どう思っているか。ひとりづつ!そして私に謝って下さい」

私の勢いに気圧されたのでしょうか、誰も異を唱える人はいませんでした。田中先生も何も言わず、一瞬シーンとなりました。さあ、最初はあなたよ、というつもりで、一番右端に座っていたKさんをきっとみました。Kさんは先ほどの勢いも消え、ぼそぼそと話しだしました。何をお話されたのかあまり覚えていないのですが、ぼそぼそと何か言い、最後に「申し訳ありませんでした」と謝罪がありました。次はお隣に座っていたkさんの旦那様も同様に何かお話され、最後に「妻が申し訳ありませんでした」と言われました。この方は最初から最後まで「こんな事ぐらいで騒がないで」というスタンスで始終笑顔、何が面白いの?と言いたかったです。言いませんでしたけれども。

その次はすぐ横のOさん。Oさんは私が仲間外れにされた原因をちゃんと教えてくれた方。Oさんは胸がいっぱいで言葉が出ないという風に胸を押さえて、目は真っ赤でした。泣きそうになりながら、「ゆりちゃんがそんなに傷ついていたなんて、知らなくて、本当にごめんなさい。申し訳ありませんでした」と、途切れ途切れに言ってくれました。私も泣きそうになりましたが、ぐっと耐えました。私がここで泣いてしまったら、本当にみじめで私が可愛そう。そんな風に思っていたのです。

最後はボスママHさんです。順番にきっと睨みつけ「さあ、次。さあ次はあなたよ!」と目線を送ってスピーチを誘導してきたのですが、Hさんは私の視線に全くたじろぐことなく、睨むでもなく、真っ直ぐ見詰めて話しだしました。「みんなはどうかしらないけど、私はあなたの視線なんてなんともないわよ?」と言っているようでした。(※2015.12.21write この方はこの時はグループのボスママでしたが、その後このグループは空中分解したようでボスではなくなりました)

そして話の最後に「ゆりちゃんがあ、傷ついていたとしたらあ、本当に申し訳ないことをしたとお、思います」そういって初めてすまなそうな顔つきになり、ぺこっと頭を下げました。

「敵ながらあっぱれ」そんな風に思いました。そしてやっと思い当たったのです。誰が私をグループから外したいと思っていたのか、私がグループの忠誠心が足りないと困るのは誰か。そしてグループをまとめているのは誰か、グループの総意といいながら、実際に意思を提示し、作っていたのは誰か。

そうだったのね。

私はめちゃめちゃ納得しました。そうか、そういう事だったのね。と。

私が常々ブログで言っていた、グループになるとそこに個人とは違うグループの総意というものが生まれ、そしてそれに操られるように全員が一致団結し出す、こういう事なのです。でもこのボスママさんも最初はそういうつもりは全くなかったのではないかしら?と思います。グループや組織をまとめあげるということは並大抵の事では続きません。それにグループの結束が弱くなってしまえば、太古のマンモスが生きていた時代には死活問題です。一致団結、それは生き残るための唯一の方法なのです。群れの意思に添わないものは排除する、群れを出て行ってもらわないと結束が弱くなるからです。

最初はみんなを仲良く楽しくまとめあげるつもりだったこのHさん、太古の昔から受け継いできた群れをまとめあげるというDNAがうずうずしてしまったのではないかしら?こういう場で非難されてもびくともしないこの神経。タダものではないのです。

豊洲にはこうしたボスママさんがたくさんいらして、あちらこちらで群れを作っています。ボスママさんというのは、ママ友界のエリートママで、コミュニケーションスキルも高く頭もよく、そして気が利いています。割と所得の高いご家庭が多いこの地区は、更に学歴が高かったり女性管理職や前出の女性弁護士さん、お医者さん、検事さん、そういう方々が普通にお母さんをしている街です。でもそういう方はあまりボスママさんにはなりませんけれども。やはり普通に専業主婦をしている方がボスママさんになりますし、群れたりグループなるのも専業主婦だったり、休職や育児休暇中で家にいて小さい子どもを育てているお母さん達です。

地方から東京に来て結婚して豊洲にマンションを買って子どもを生み育てる。ただでさえひとりぼっちで心細いところに、子どもまで育てないといけない訳です。夫は会社で遅くまで働いていますので、頼る人は誰もいないに等しいのです。そんな人たちがたくさん周りにいたとしたら、寄り添って生きたい、慰めあいたいと思うと思いませんか?暇な専業主婦達が集まってランチしたり飲み会をしたり、いい御身分だと思わないで下さいね。男どもにはわからない、深く、そしてわかりずらい寂しさがあるのです。

私はこれをママ友の穴と名づけました。このママ友の穴。一番大きいのは、子どもが幼稚園にいっている時でしょう。特にBUDDYスポーツ幼児園のような、きらびやかで元気なお母さん達というのは、集ったり遊んだりするのが大好きなのです。お揃いのTシャツを作って着たり、一緒にランチをしたり、イベントを楽しむ。私、ひとりじゃないのよ、こんなに仲間がいるの。獣がきても、隣の部落の賊が襲いにきても、みんな一緒だから大丈夫。

そう思って安心したいからなのです。DNAの仕業なのです。女性、だから、なのですよ。

なので今回ふてぶてしい態度のHさん、HさんのDNAに言わせれば「勝手な事ばかりして群れのルールをやぶって、群れへの忠誠心が足りないくせに何偉そうにしているのよ。もう狼が来ても賊が来ても助けてあげませんからね」ということなのではないでしょうか。Hさんが悪いのでなく、DNAの仕事なので仕方ないのです。

最後に夫が話したかどうか?もう覚えていません、半年も経っています。それにこうした話し合いにおいて「男はどうでもいい」のです。幕の内弁当にちらっと入っているかいないか、食べた後に記憶にすら残らないしょっぱいピンクのお漬物のようなもの。お刺身でいえばツマ、ケーキでいえば乗ってるサンタの砂糖菓子、箱菓子でいえば由来書きの冊子。あってもなくてもどうでもいいのです。

マンモスの肉さえ運んでくれるなら。すべての男は消耗品なのです。

「じゃ、これで終了します。ご足労ありがとうございました」田中先生が言いました。私ひとり田中先生と学年主任の先生に「どうもありがとうございました」とお礼を述べ、学年主任の先生に「すっきりしました」などと言いました。

別の部屋で待機していた娘と息子を迎えに行き、心配そうにしている娘に「もう終わったから大丈夫よ」と声をかけました。娘は自分のせいでママが大変な事になっていると心配してくれていました。今日集まる主旨を娘には説明していました。息子は言ってもわからないでしょうし、まだまだBUDDY生活は続く訳で耳に入れない方がいいと思いました。

下の玄関に下りていくとKさんが靴をはいているところでした。「お疲れ様、ありがとう」そして「私、頭おかしい変な人だから、ほっておいた方がいいわよ」と言いました。勿論いつもの冗談のつもりです。Kさんはあはっと笑って「まあ、私も変な人なんだけれどね」と言いました。今度は私があはっと笑いました。そして娘に向かって「迷子じゃなかったのね」と声をかけてくれました。娘は恥ずかしそうに下を向いていました。

Oさんはまだ目に涙をためていましたが、「おつかれさま」と声をかけると「うん」と返ってきました。

Hさんは先に帰ったのかもういませんでした。Mさんは身重の大事な時だからと来ていませんでした。HさんかKさんが来なくていいと言ったのかもしれません。もうひとりBUDDYじゃないお母さんも欠席でした。この方は田中先生が声をかけなかったのではないかしら?と思いました。もうBUDDYと関係ない方だからです。でも私、来て欲しかったなと思いました。

もう何もかも終わった。あースッキリした。

そんな風に思ったのですが、後々は全くすっきりしない事態となりました。同じ学年のお母さん達の態度が明らかに違ってきたのです。悪い方にですよ。今まで会えば少しの立ち話とか、笑顔で挨拶、一オクターブ高い声かけ。そういうものが無くなってしまいました。私はこれを気に病み、病気が加速しました。薬をきちんきちんと飲まないとやっていられない。そんな日々が続きました。

でもだんだんと、そういう状況に慣れてくると「もういいわ。勝手にしてください。私は私を嫌いな人は、私も嫌いです」と考えるようになりました。目を合わさない人とは挨拶をしない、あからさまに嫌な顔をする人はこういう顔の人なんだと、様々なイベントやランチのお誘いが全くない状況も、自分の時間がたっぷり出来ました、と。

それで小説やブログを書くことを思いついたのですね。その頃、ホテルローヤルの人が女々しくてという唄をうたうグループのなんとかさんを好きで、直木賞受賞式でそれをスピーチでアピールし、その方のラジオ番組に呼んでもらったというニュースが流れでいました。

私はL'Arc〜en〜CielのHydeさんが非常に好きなんです。

(画像)

ラルクファンの歴史は浅く、今年の4月に存在を始めて知りました。テレビは観ませんし、アイドルとかそういうものにも全く興味がありませんでしたので。この話をすると誰もが「え?本当に?知らなかった?」「HONEYも知らなかった?」「どこの星から来たの?」などとと言いますが、本当に知りませんでした。

「あなたに顔が似ているから、ネットでチェックしてみて」ママ友達ではない、マンガ友達がそういうので、ネットで検索したところNY Madison Square Garden でHONEY を唄っている動画がヒットしました。もうそれから大好きになってしまいました。恋は突然訪れるのですね。ラルクの歌は何もかもが心に染みます。色々苦労していますからね。

「私も直木賞とって、Hydeさんに会いたい」

真剣にそう思っています。二番煎じと言われてもいい、授賞式で「Hydeさんが好きなんです、I love Hyde!」と言いたい。その頃はHydeさんだけが好きだったのですが、今はメンバー全員好きです。それぞれに才能に溢れエネルギッシュで素敵。なので出来ればメンバー全員いるところに行きたいです。そして「森生ゆり子さん、こんにちわ。小説読みましたよ」と言って欲しいな。気が多いでしょうか。

それで小説をより詳しく理解して読んで下さる方が増えるといいなと、ブログを始めたのです。ファンが増えれば出版社の方に目をつけていただけるかもしれない、出版のチャンスが広がります。ブログは小説のおまけなのです、宣伝なのです、メイン活動ではないのです。

そんなこのブログ、なんだかアクセス数がすごい事になっていて、このまま閉鎖するのは非常に勿体ないというかまた違う意味で残念なのですが、もうブログで閉鎖すると言ってしまった手前、覆して続けたら恥ずかしいものがあります。逆にアクセス数が伸びすぎているからこそ、もう閉鎖しなければなりません。

明日までに書ききれるかしら?と心配したのですが、今日中に書ききる事ができました。ほっとしています。ご支援ありがとうございました。誤字脱字、分の脈絡めちゃめちゃなのですが、もう明日には消えてしまうものですし、だいたい理解していただけたらいいかなと。ちょっと乱暴ですよね。

最近急にナンシー関さんが気になるようになりました。彼女だったらこのママ友現象、そして豊洲の事をどんな風に表現したかしら?なんて思います。彼女はどんなに忙しく大変な時も、原稿の質は落とさなかったそうです。見習いたいです、そんな風に言われてみたいですよね。今日書いたブログは非常事態の事ゆえ、「仕方ないわよ」と言ってくれそうな気がします。

前のブログで、何かが降りてきて勝手に私を手を使って文章を書く、と書いた事があるのですが、もしかしてナンシー関さんかしら?なんて。私こんなに文章書く人ではなかったのですよ。どちらかといえば、苦手。それより絵とかもの作りで表現する方が得意だし好きなのです。大人しくて、引っ込みじあんで、人に気を遣いすぎてへとへとになる。

そんな人なのです私は。

今日は何もかも約束をキャンセルして、ブログをずっと書いてきました。そろそろ限界です。早く寝て明日また早く起きて、書き足りない事を書こうと思います。

ブログに登場して下さった方々、すみませんでした。書いて欲しくなかったですよね。嫌な気持ちですよね。本当にごめんなさい。弁護士の先生が常々言っていました。本当の事だから書いてもいいというのは大間違いだと。本当の事だからこそ拡散したら名誉棄損だそうです。

BUDDYの田中先生が怒っている意味がわかりました。それでもはり書いて良かったです。自分がすっきりするとかそういうものを置いておいて、やはりママ友達に苦労している方って、本当に多いんだと実感しました。勿論楽しくて何も問題ないという方もみえるかもしれませんが、子どもが人質だからこそ様々なものを飲み込んで耐える、我慢する。そんな事誰でも絶対あると思います。あのKing of BOSSMAMAさんでも。

そんな風に思いました。

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ママ友やめました4

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

今日は娘の小学校で、学校公開がありました。学校公開とは、昔でいうところの授業参観ですが、学校の中を全て公開するということです。時間も決められていませんし、都合の良い日に行けますので、とても良いシステムだと思います。ありがたいです。また後から行ってみようと思います。

娘は最近になりクラスで仲良しの子が出来たようで、楽しそうにキャッキャとはしゃいでいました。前は私が行くとほっとしたようにすり寄ってきたのですが、今日は「ああ、ママ来たの」という感じでした。こうなるとちょっと寂しい気もしますが、娘の成長が嬉しくて、ニコニコしてしまいました。母親の心はあっちに揺れたりこっちに傾いたりと忙しいのです。

前置きはこのくらいにして、続きです。

Kさんに無視されて傷ついた私は、グループ全員に宛ててメールをしました。内容は、こんなトラブルがあったということ、私が悪かったという事、ここでもKさん、Oさんにも改めて謝罪をしました。

返信は誰からもありませんでした。一晩経っても、一日経っても。私は不安になりました。

園にお迎えに行くと、今は私の顔を見ると嫌な顔をするMさんがいました。「おつかれさま」という挨拶の後、「ねえ、どうなっているの?みんなで無視なんてひどくない?Kさん、ひどいと思わない?無視するのよ?」と言いましたが、Mさんはちょっと困った顔になり、「うん」とか「あー」みたいに言葉を濁して、去ってゆきました。

「おかしくない?どうして?私が何をしたっていうの?」

もう頭の中はグルグルしていました。自分がKさんを怒らせるような事をしたのは確かです、でもきちんと謝罪しました。世の中には謝って済む話とそうではない話がありますが、「謝っても済まないよ」と言われているような気がしました。

そこに丁度よくOさんが気ました。「メール、誰からも返信がないの」と訴えると、Oさんは「うーん」という感じで、「あのね、Kさんの事だけじゃないの、みんなゆりちゃんの事怒ってるのよ」と言います。「え?何が?私なにかやらかしたかしら?」考えても何も思い当たりません。

「ほら、この間、夜飲みに行こうって話が出た時、Hさんから都合聞かれたでしょう。それでゆりちゃんがこの日って言った日にみんなが都合を合わせたのね。でもゆりちゃん、結局用事が出来たとかで来なかったじゃない。それでみんな怒っているのよ」と。

えー?そんな事?確かにボスママHさんにメールで都合を聞かれました。それでこの日ならという日を提示したのですが、飲み会3日前くらい都合が悪くなり、「申し訳ないけれどみんなで楽しんで来てね」と全員にメールをしたのです。いけなかったみたいです。

「そうなんだ、じゃあもうグループは抜けないといけないね。みんな私を怒っているんだものね」というと、Oさんはちょっと困ったように「うん、でもBUDDYはお母さんいっぱいいるし、また仲良しさんが出来るわよ」と私を慰めてくれました。

半分冗談でした。「グループを抜ける」なんていいましたが、私はそんな気はさらさらなく、しばらくすればまた元に戻れると思っていました。そして「もうあんな事やめてよね」とKさんにいじられ、「ごめんって、本当に悪かったと思って反省しています」などと返す。でも違うようです。私はグループを抜けないといけなくなっていた、いえ、もうこの時点では、既にグループから外されていたようです。

家に帰って悶々としていた私は、グループ全員にメールを打ちました。こんな仲間はずれみたいな事して恥ずかしくないの?いいと思ってるの?誰の意思でこんな事をしていますか?というような内容です。返信がないので、同じようなメールを翌日も送信しました。今度は「ごめんなさい、許して下さい」というような言葉も入れました。自分がすごくみじめに感じました。

でも、誰からも返信はありませんでした。

その翌日の朝、園に息子を送って行くとKさんが玄関前にいました。私は無視されてイライラしていましたので、Kさんに真っ直ぐ向かってこう言いました。「ねえ、ちょっと、いい?」するとこちらをチラとも見ずにKさんは「ちょっと待って」と言いました。「子どもには聞かせられないから」私はかちーんときました。子どもに聞かせられないような事しているのはあなたの方よと。

KさんがS君にあれこれ話しかけたり、洋服を直したりするのをやや離れたところでずっと見て終わるのを待ちました。やっと門に向ったので、私はやや離れて後ろを歩きました。門を出たところでKさんが突然こちらを振り向いてこう言いました。

「ねえ、頭おかしいんじゃない?」と。「え?何が?」「あんなメール全員に送ったりして。それにYちゃんに文句言ったんだって?Yちゃん、妊婦なんだよ」

その頃MさんことYちゃんは、お腹の大きな妊婦さんでした。刺激して何かあったらどうする?と言いたかったのだと思います。確かにそうですが、グループから無視され、その一員の方がいれば「どういう事なの?」と聞くのは普通だと思っていました。それにそういう原因を作ったのは確かに私なのですが、「無視する」とか「グループから仲間はずれにする」という事をしているのはKさん始めグループの方々です。

「Yちゃん妊婦なんだよ」という言葉にひるみましたが、「頭おかしい」と言われて頭にきました。

「おかしいと思わないわ。仲間はずれにされて、それがどうしてって聞いて何故いけないの?」

kさんは、ふんっという感じで「いい加減にして下さい」と言ってららぽーとの方へどんどん歩いて行きました。逃げられてしまうーと焦った私は「ねえ、こういうのイジメっていうんだよ。恥ずかしくないの?私達大人なのよ?」

「ちょっと!」最後は大きな声が出ました。Kさんの逃げ足が思ったより早かったからです。結局後を追う事はせずに、Kさんがららぽーとのメインエントランスに消えてゆくのをみていました。

もう駄目なんだわ。やっと理解しました。

娘の迷子騒ぎはきっかけに過ぎず、グループのメンバーの人たちはちょっと前からグループの忠誠心が足りない私に対して良い感情を持っていなかったようです。

その晩、LINEをチェックしてみると、このグループで構成されていた「グループ」は、私ひとりになっていました。前に書いた記事の通り、Oさんは元々入っていませんでした。「私ガラケーだから」という理由で。今思えばこのOさん、グループにはいますが、がっちりという感じではなく、ふんわりと存在していました。お揃いで何かを買おうという事になっても最初からすっきり断っていましたし、集まりにも上手な理由で最初から来ない事がたまにありました。

私はといえば、断り切れずに参加すると言いながら結局来ない、お揃いで買ったもののやっぱりいいわと返したり。そういう事が重なりイライラしたのだと思います。優柔不断さは一番人をイラつかせます。私もそういう人に遭遇するとイライラして心の中で「どっちやねん」とつぶやいたりします。

私はもうわかったと思いました。グループから出される事はもう決まった事。でも、ここでも一番心配なのは息子のこと。このグループでよく遊びに行ったり集まっておやつを食べたりしたのですが、息子は本当に楽しそうにはしゃいで生き生きとしていました。まだこういう事を説明しても理解できないでしょうし、これから様々な制約が出た時にどう対応しよう。一番困るのが息子と出かけた時にこのグループと遭遇したら。息子はきっと喜んで「おーい」などと笑顔で混ざろうとするでしょう。そんな時、どうしたら、どうしたら。

ひとりになったLINEのグループを眺めながら、涙が出てきました。わーっと泣きたかったのですが、涙がうまく出てきませんでした。代わりにいきなりぶわあああっと不安の塊というのでしょうか?上手く説明出来ないのですが、「怖い、怖い、だれか助けて」という気持ちに包まれました。パニック障害を起こしたようです。

パニック障害という病気、聞いたことはありましたがまさか自分がそうなるとは思ってもいませんでしたので、最初は自分に何が起こったのかよくわかりませんでした。でも日に日にそうなる回数が増えてきて、ちょっとおかしいわと思い始めました。「頭おかしいんじゃない?」というKさんの言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返されます。いつもの内科の先生のところに行って説明すると、いつも診て下さる医師の先生はこう言いました。

「言いにくいんだけど、これって内科じゃないと思うんだ。心療内科に行った方がいいよ」と。どきっとしました。鬱を患った事はありますが、その続きなのでしょうか。「以前に鬱になった事があるのですが、そういう感じですか?」と聞くと、先生は「うん、そう。紹介状を書いてあげるから、この道路をはさんだ向こうにあるりんかいクリニックか、ちょっと遠いけどくじらホスピタルというところがあるから、そのどちらかがいいと思うよ」

せっかく最近はママ友が順調にいきだしたと思って鬱が治りかけたと思ったら、またこういう病院に通わなければならないようです。そして「パニック障害という感じなのかな」と言われましたので、その通りなら、娘のママ友付き合いに疲れて鬱になり、今度は息子のママ友付き合いのトラブルでパニック障害になり。ドーパミンが足りなかった私は、今度は過多で苦しむようです。自分の不甲斐なさにがっかりしました。そしてこうも思いました。

私、ママ友付き合いに向いていないんだわ。今までのように関わっていたら、悩んでいたら、もう死んでしまうかもしれない。もうやめよう。

家に戻って私はまたメールを打ち出しました。グループの全員に向けたメッセージです。今度こそ最後のつもりでした。今まで仲良くしてくれたお礼と、こういうのはイジメだということ。私は苦しんでいるということ。息子の事は無視しないで。そういう内容です。これも誰からも返信はありませんでした。

「もう終わった」

そう思いました。寂しかったですが、もう何もかも終わったのだとちょっとせいせいする気持ちにもなりました。忠誠心が足りないと思われていたようですが、私は私で、こうしたお母さんだけの集まりって意味があるのかしら?と感じはじめていましたので、そういうものに誘われなくなるというのはむしろ歓迎でした。でも、子どもの同伴という意味ではグループに関わってゆきたいと思っていましたので、非常に困ってもいました。

前出のOさんのように、出来ないことはサラリと断る、最初からNOという、自分の許容範囲の事には爽やかにOKを出す。何故私は出来なかったのでしょうか。

私はふてぶてしい自分勝手な人ではないと思っています。逆に人に気を遣いすぎて、メールを送信した後に「あの内容でよかったかしら?」ランチ会の後では「あんな事言わなければよかったかしら?」とか、ちょっと誰かが不機嫌そうな顔をしていると「私のせいかしら?」と胸に手をあててみたり。特にこのママ友付き合いでは神経をすごく使いました。そういうのってやはり出るのでしょうか。うっとうしいと思われていたかもしれません。

もうこれからは、ひとりでいよう。もうグループに属することはやめよう。私、向いていないもの。Oさんはまた仲良しさんを見つけてと言ってくれましたが、もう無理だという事はわかっていました。豊洲のお母さん、BUDDYのお母さん達というのは、緻密なネットワークで繋がっており、何かあればすぐ広まるようになっています。特にこういう私のやらかした事というのは、本人の意思は全く無視してあちらこちらに拡散されます。しかも私に不利な事ばかりがクローズアップされて。

「森生さん、ひどいわ」「自分が悪いのに逆切れしたらしいわよ」「ひとりでどこかに行っていた時らしいよ」「気楽でいいわね」「旦那さんも可愛そう」「グループをとっとと抜けたらしいわよ」「強いのね」「私だったら泣いちゃうかも」

そんな声がずっと頭の中でぐるぐるしていました。この時の私、今思えば本当に「頭おかしい」状態だったのかもしれません。

お昼の時間になりましたので、食事して買い物に出かけたいと思います。

そうそう、学校公開ももう一度覗いてこようかしら。母親が何度も顔を出してくれるというのは、それだけで嬉しい筈です。出来の悪いこんな頭のおかしい母親でも、子どもは無条件に愛してくれます。せめて、こういう時くらいは喜ぶような事をしてあげたい。母親らしい事をしてあげたい。そんな風に思います。

theme : 思ったこと・感じたこと
genre : 日記

ママ友やめました3

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

間もなく夫が起きてくる時間、私は6時半に起きる事になっていますのでそれまでブログを書きたいと思います。それから閉鎖期日の今週金曜日、もう明日ですが19時まで、書きたかった事を書けるだけ書きたいと思います。このブログでアクセスが多いのが、やはり「いじめ会議」の記事でした。一体何があったんだろう、どうしてそうなったの?とても気になると思いますの。勿論他にも書きたい事はたくさんあるのですが、このブログを読んで下さっている方が一番読みたい記事を、今までご支援下さった感謝の気持ちの代わりに書いてみます。

思えばブログに熱中するあまり、本業の小説が全く捗りませんでした。弁護士の先生は、「小説を読む」という約束はしていましたが、ブログを読んでとはお願いしていません。先生との約束を果たすためにも、ブログを閉鎖するのはよかったかもしれません。「別に約束はしていませんよ」という声が聞こえそうなのですが。

それでは始めます。もう全部書いてみます。

2013年2月の休日。私は豊洲から公共交通機関で約1時間半程離れた場所にいました。私は絵を描くのが好きなのですね、ここでデッサン集中講座というのを受講していました。これは金曜日から日曜日まで、朝は9時からお昼をはさんで夕方6時頃まで、ずっとデッサンをするという講座です。絵は好きだけれどもデッサン力が弱い、そんな風に考え、デッサン力をつけるために参加しました。

金曜日は夫は仕事でいませんので、金曜日の午後だけ早びけをしてBUDDYのお迎え、子どもの世話などをしました。翌日土日は夫に頼んで、私ひとり単身で出かけました。「この土日はママはいないと思って」と家族に言いながら。そういう時は家に帰っても母の役割など出来ず、絵の事ばかり考えていました。関連する本を読んだり、ネットで調べたり。何かに熱中すると、他の事は何も目に入らなくなるのです。

そんな状況で参加した講座の休憩時間に、ある一本の電話がかかってきました。この講座はヌードの女性をデッサンするもので、デッサン中、正確に言えばモデルの方がヌード間は、携帯の電源はOFFにしておく必要がありました。携帯で裸体を写せないようにするための措置なのですが、着信も出来ませんしわかりません。それから、モデルさんがヌードの間は教室の出入りも禁止です。本当に厳密にこれらは守られます。

休憩時間、教室の外に出るのですが、する事はたくさんあります。事務所で諸手続き、お手洗い、自分の飲み物を買ったりおやつを買って食べたり。静かな教室でお腹が鳴るのは恥ずかしいのです。

そんな事を細々としている時にあった着信です。私は夫からかしら?と思いました。「絵に集中したいから、なるべく連絡してこないで、緊急以外は」と伝えていましたので、何か緊急かしら?また「今晩ご飯どうしよう」なんて話だったら叱ってやる」などと考えていました。でも、電話は夫ではありませんでした。いつもBUDDYで仲良くして貰っているKさんからでした。

「もしもし、Kですけど、今ららぽーとで娘ちゃんを預かっているのよ」

何の事だろう?と思いました。娘に何かあったのかしら?事故?怪我?ドキッとしました。でも違いました。

「迷子になっちゃったみたいで、インフォメーションのところにいるのよ」ということでした。私は益々「???」でした。その当時というか、去年の話なので娘は小学校一年生でした。でも、習いごとやイベントなどで、豊洲一丁目から六町目までをひとりで日々駆け回っている彼女が豊洲で迷子になる訳はないのです。

Kさんは私の息子と同じ年の子どもがいるお母さんです。小学生の子どもの行動範囲や能力というものが理解できなかったのではないかと思います。それで子どもがひとりでららぽーといいる、イコール迷子だと思って心配してくれたのです。夫は何をしているのかしら?私は夫に対してイライラしました。

「夫が一緒にいる筈なんだけれど」
「じゃあ旦那さんに、私と娘ちゃんがここにいるって伝えてくれる?」
「わかった、ありがとう。迷惑かけてごめんなさいね」そしてその後、

「娘ちゃん、迷子じゃないからほっておいてくれていのよ」と。

後に娘に聞いたのですが、「私は迷子じゃないと何度も言ったのよ」と言っていたそうです。でも心配性のKさんは、念のためにと一緒に付き添ってくれ、私に連絡をくれたのです。

早速夫に電話しましたが出ません。その頃夫は、娘を探して大声で名前を連呼しながら豊洲公園にいたそうです。着信に気がつかなかったそうです。

デッサン講座の休憩時間は終わりかけています。もし時間内に教室に行かなければ、次の休憩時間まで教室には入れません。モデルさんがヌードの間、教室の入退室も厳禁なのです。私は焦りました。迷子になっている娘より、自分の時間を優先させてしまいました。それに、「迷子じゃないからほっておいて」とも言いました。なので今頃はもう娘は解放され、娘を探しているであろう夫と会える筈だわと考えました。

留守電に状況を入れておけばよかった。

後に夫からも文句を言われたのですが、そういう考えもその時は全く思いつきませんでした。今時、携帯に留守電を入れる習慣が全くありませんでしたし、全部メールかLINEです。でも教室に戻れば携帯の電源は切らねばならず、後ろ髪を引かれる思いはありましたが、電源を切って教室に入りました。

後にKさんから、何度電話しても繋がらなかった、と言われたのですがそういう状況でした。これは揉めている時にも説明したのですが、既にそんな事はどうでもいいところまで来ていてあまり説明の意味がありませんでした。

事件が起きたのは、全部私の落ち度にあります。娘を心配して付き添ってくれ、連絡をしてくれたKさん。なのに自分の趣味を優先させて、夫への連絡がお座なりになっていました。もっと状況をきちんと把握して、「自分の子どものために時間を割いてくれている人がいる」ということ、考えたならデッサンなど後回してきちんと夫にも連絡し、その後Kさんにもお礼の電話をすべきだったのです。私はしませんでした。

狭い豊洲、しかもららぽーとという建物の中、夫はそのどこかにいる筈で、娘ともすぐ会える筈、子どもがいないとなれば、探しに行くのはららぽーとのインフォメーションしかありません。デッサンの後に連絡したなら、もう夫と娘はあえて、Kさんに揃ってお礼を言う、近くにいるであろ仲良しのS君と娘は、BUDDYの外で会えた喜びを爆発させて絡み合う、そんな風にも考えていました。

でも違いました。私が夫へ連絡しない事で、夫は娘がららぽーとにいる事、夫が豊洲公園にいる事、その後ずっと豊洲公園界隈を探し歩いていたそうです。これも後から聞いたのですが、一緒にららぽーとに行き、何やら買ったのですが、もしはぐれたら豊洲公園に集合と娘と打ち合わせをしていたそうなのです。

娘はインフォメーションから出してもらえず公園に行けず、夫は夫で来る筈のない娘を探し続け、公園か、隣のがすてなーにか、それとも図書館?などとグルグルグルグルしていたそうです。

「それならららぽーとにも探しに行きなさいよ」

そう思いませんか?私は思いました。後に夫とはこの件で大ゲンカになりましたが、ららぽーとへ行ったのは、娘がインフォメーションにKさんと共に二時間過ごした後だったのです。Kさんはなんと、二時間も娘に付き添ってくれていたのです。本当にごめんなさい。ありがとうございました。怒り心頭なのは御尤もです。もう謝るしかありません。

そんな事とはつゆ知らず、私は次の休憩時間に夫にメールをしました。「娘がららぽーとのインフォメーションにいるそうです」と。その日の夕方、帰る頃に気がついたのですが、メールは送信されていませんでした。電波状況がよくない場所だったのでしょう、「失敗」の!がメールの横についていました。私は慌てて再送信したのですが後の祭り。とんでもない事になっていたのは、その時には知るよしもありませんでした。

「母親のくせに」

それ以前に、Kさんにもっと謝罪して感謝すべきだったのですが、状況を軽く考えていました。

家に帰り、「もー大変だったんだから~ねええ~勘弁してよぉ~」という夫にも「あらでも会えたんでしょう?良かったじゃない」と返事して、夕飯を食べてお風呂に入り、すぐ寝てしました。翌日はデッサン教室の最終日。講評もありますし、何より作品を完成させなくてはなりません。夫の愚痴に付き合っている余裕はありませんでした。それに終わった事、娘も無事だったし、いいじゃない。そんな風に思っていました。

日曜日が終わって月曜日、そしてその次の火曜日。KさんにBUDDY園社前でばったり会いました。私は土曜日の事を思い出し「娘ちゃんの事、ありがとう。迷惑かけてごめんなさい」と言いました。「もう大変だったのよ。でもパパにあえて良かったね」そんな風に返事が返ってくるかしら?と思いつつ。でも違いました。

不愉快な雰囲気で「ああ・・・大変だったわ。私よりSちゃんによく謝っておいて。彼女も大変だったから」
「えっ、Sちゃん?Sちゃんもいたの?」
「パパさんを探してくれていたのよ」

えー?そうだったの?夫からはKさんが付き添ってくれていた事、長い時間だったので申し訳なく、何度も頭を下げて「申し訳ありませんでした」ときちんと謝罪した、何度も何度も、という事しか聞いていませんでした。

Kさんから話の続きを聞きたかったのですが、ぷいっという感じで去ってしまいました。あら?怒ってる?どうしよう。何かお菓子でも買ってお詫びしないといけなかったかしら?と思いました。子どもやご近所のトラブルがあり謝りに行く時、私はいつも箱に入ったお菓子を持参します。それらと同じだと思っていたのです。

私はその場でkさんにメールを送りました。状況は聞いたところで今さらどうしようもなく、逆にこちらのその時の事情を書きました。ヌードデッサンをしていて、携帯をOFFにしていたこと、休憩時間や制約があり連絡や対応がぞんざいになってしまった事、感謝、そしてお詫び。返信は一切ありませんでした。この時初めて私は不安になりました。そしてKさんが本当に怒っているんだと気がつきました。

いつもほんわかと寄ってきて、ぼそぼそと何かいい、そして、ね?と言ってあはっと笑う。そんなKさんですから、いつもの調子で「いいよ、お互い様」そう言ってくれるものだとばかり思っていたのです。

次の日、私はoさんにメールをしました。この方もグループの一員で、Kさんによれば、娘のためにららぽーとで夫を探してくれたそうです。お礼とお詫びしなければなりません。そして、Kさんが怒っているみたいだけど、どうしたらいいと思う?と。返信はすぐきました。「ちょっと他でも色々あったみたいでイライラしているみたいだから、ちょっとほっておいてあげて」とありました。KさんとOさんはグループ内でも特に仲が良く、グループ活動のない時もいつも一緒にいました。私は時々二人をからかって「付き合っているでしょう?」などと言った事もあります。ふたりはちょっと照れて「あはっ」みたいに笑っていました。

Oさんからメールの返信を頂いてから二日後、今度はOさんと園社の前でばったり会いました。声をかけるとメールと同じような内容の事を話しだしました。ゆりちゃんの事以外でも色々あったみたいでイライラしているのよ、今は何も言わない方がいいわ。お菓子もない方がいいと思う。ちょっと時間置いたらどうかしらという事のようです。それもそうだなと思いました。それに私は既にメールでも直接にも謝罪しています。夫も丁寧に頭を下げてお詫びしたと言っていました。これ以上何かしたらしつこいかもしれません。

乱暴な言い方かもしれませんが、もう放って置く事にしました。

でも、Kさんの態度は変わりませんし、それどころか挨拶もしない、怖い顔のままふいっと顔を背けるようになりました。私の声も聞こえない、私がそこにいるのにいないというような。

あら、もうこんな時間。朝食の支度をして食べさせて、息子をBUDDYに送らねば。BUDDYは授業が始まるのは10時からなのですが、8時から受け入れてくれます。授業の始まるまでの2時間は、「朝体操」があります。テントドームの中を走り回ったり、体操をしたり、色々な運動をするそうです。この2時間だけでもかなりな運動量なのに、それから正規な授業でも運動があります。勿論、書き方、お絵かき、季節の行事、お話会など、普通の幼稚園がするような授業も行われます。その合間、運動をたくさんさせる、という事なのです。

BUDDYの子ども達は、元気いっぱい。小学校に入学すると、かけっこで足が速い子はBUDDYさんだとすぐわかる。と言われます。うちの娘もBUDDYにいるときはぱっとしなかったのですが、小学校に入学したとたん、身体能力の高さに驚きました。私が言うのもなんですが、勉強もよくできます。小学校の先生に言わせると、娘は運動も出来て勉強も出来てリーダーシップも発揮でき、お友達にも新設で仲良くできる。なんの問題もありませんよ。と言われます。家では反抗ばかりで私を困らせるのですが。

そんな子ども達を世に送り出すのがBUDDYなのです。一分でも一秒でも、BUDDYに滞在していて欲しい。そんな気持ちもあり、なるべく早く送り、なるべく遅くお迎えにきます。決して私が楽をしたいとか、遊びに行きたいとか、ひとりでのんびりしたいとう理由だけではないのです。勿論それもありますが。

そんな訳ですので、今日も予定通り7時45分に家を出るつもりです。

「今日BUDDYお休み?」息子は起きる時の第一声がこれです。行きたいのではなく、休みたいからで「今日もBUDDYよ」というと「ええーもう~」と文句を言い、「お休みよ」と言えば「やった!」と大喜びで起き上がります。

それならBUDDYやめればいいのに。そうしたら私もブログが今まで通り書けます。

話が逸れましたが、続きは別の記事として書くとしていったん切ります。よろしくお願いします。

コメント返信

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

BUDDYの田中園長先生のコメントの返信、当初はこんな内容を書き込んでいました。せっかくなので、これもアップしたいと思います。

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田中園長先生、ブログにコメントありがとうございます。

ブログは確かに恥ずかしいです。でもそれは、ママ友達という不確かなものに翻弄され悩み苦しむ、不出来な母親としての私の恥ばかりを書いているからで、BUDDYの恥ではないと思います。恥ずかしいのは私です。

この恥ずかしいブログ、決して豊洲という街や、BUDDYを批判するものではありません。もしそうなら、豊洲から引越していますし、BUDDYを退園しています。私はずっとここに住み続けますし、息子はBUDDYを卒園させたいと思っています。

「ブログを閉鎖しないとどうなるかわかっていますよね?」

という意味である事は、察する能力の低い私でも理解できます。ただ、それこそが、私が小説やブログで書きたい真髄で、子どもがどうなってもいいの?組織で足並み揃えないと、グループできちんと行動しないなら仲間はずれにするわよ?あなたも子どもも。という見えない圧力というか、暗黙のルールに苦しむ母親が多いのが現状で、その一点に集約されたブログなのですが、ご理解頂けないようで、とても残念に思います。

田中園長先生が、私たちを園がお休みの日にわざわざ集めて注意をした日の事、覚えていらっしゃいますか?こんな事をしたのは園が始まって以来ですとおっしゃいましたが、すごく意外な気持ちがしました。

それに、あのイジメ会議、私が田中園長先生に訴えて開催されたと思っている方が沢山みえるようで、それもブログに書きたいと思いました。私がイジめられたと田中園長先生に訴え、それを注意する場を田中園長先生が作ったと。違いますよね?集団いじめのきっかけを作ったKさんが、私が迷惑だと先に園に訴えたのです。

私はママ友ネットワークからはずれ、ひとり孤立した状態にいますので、巨大で緻密なママ友ネットワークに訂正を求めることも出来ませんし、誤解されたらそのまま、更に誇張される事はありますが、収束する事は決してありません。そういうものをどう利用したらいいのかも知りません。

なので、「私も園の意向のみで呼び出されたひとりなのだ」という事、何があったのか、どんなきっかけで起こったのか、そもそもの事情。きちんと説明したいと思いました。説明されて困る人、いるのでしょうか?そもそも自分が正しいと思うなら、逆にきちんと言ってください。

ブログで公にしてやるとか、誰かが憎いとか思っている訳でもありません。子どもの友達のお母さん達なので、仲良くしたいと思っていますし今後もそのつもりです。

園生活もママ友付き合いも、子どもが人質というのは、本当に辛いものがあります。私が提起したいものはその一点のみです。大袈裟に言えば、どうしたら私のように、こんなどうでもいい事で悩み苦しむお母さんが減るかしら?そんなつもりで書いています。

あとは、いつかブログの記事にもする予定でいますが、未来にキャナリーゼになった私の娘に宛てて、書いています。

娘が子どもを産んだ時、私は生きてそばにいてあげられるとは限りません。ママだったらこんな時どう言うかしら?どう助けてくれたかしら?何を見て何を思い何を悩んだかしら?肉体が存在しなければ、話してあげる事も助けてあげる事も出来ません。そんな答えを、今、小説やブログに綴っています。

私が未来の娘に宛てたタイムカプセルです。

でも、これを読んだ方が入園辞退したそうで、それは申し訳なく思いました。でも事実ですし、それを補ってあり余る魅力ある園でいればいいだけのこと。

ブログにこうした記事を書いて欲しくない方、書かれると自分がまずい立場になる方、声の大きな方、権力のある方、私を好ましく思っていない方々からの要望が、田中園長先生側にあったのだと思えてなりません。

私は田中園長先生の事は信頼しています。なので、園児がフェンスを越えて道路まで出てしまった時も、子どもがプールで溺れた事件があった時も、田中園長先生の統括している豊洲園は過去も今も未来も何も問題ないと思っていましたし、今もその考えは変わりません。

ブログは閉鎖しないといけない理由は何もないと思います。もし園名を伏字にしとろおっしゃるならそうします。子ども達のためにも、公正な判断をお願い致します。

以上です。



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【あとがき】

もういいです。ブログは閉鎖する事にしましたので。

前の記事にも書きましたが、閉鎖要請の期日をもって、丁度ぴったり三か月です。ちょっとびっくりしました。目に見えない何かの仕業でしょうか、そしてこれがこのブログの運命だったのかもしれません。

私の気持ち

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

学校公開に行ったら、丁度給食の時間でした。メニューに豚汁があり、娘は具をせっせとお箸でつまんで食べています。いつも家だと具は残します、シチューでもカレーでもお味噌汁でも。私は不思議に思って、「あら?具をちゃんと食べるのね。家だと全部残すのに」と言いました。すると娘はちょっと赤くなってキョロキョロし、その後一瞬私を睨みました。

余計なひと言だったようです。悪気はなく、本当に不思議に思ってそう言ったのです。私は慌てて、「学校だとみんなで食べるからおいしいのよね」というと、ほっとした顔でニッコリしました。

私は余計なひと言が多いようで、多分ママ友付き合いにおいても「何この人」と思われる事が多かったのではないかなと思います。本当に悪気は全くないのです。このブログも豊洲や息子の幼稚園の事を面白おかしく悪意を持って書いた訳ではなく、真面目に真剣に淡々と感情抜きで綴っていました。でもやはり、よく思わない方も多々いらっしゃるようですし、閉鎖するのがいいのかもしれません。

「ママ友やめました」の続きを書こうと思ったのですが、ちょっと閑話休題。このブログに登場する方々について、私の気持ちというか、感情を書いてみたいと思います。

仲間はずれになり、地域のコミュニティからも外され、しかもブログに正直に事実を羅列したら削除して下さいと言われ、怒り心頭かと言われればそうでもなく、仕方ないなと思っています。昨夜は怒っていましたよ、いい加減にして!なんなのあなた達は!という気持ちでいました。なのでツイッターで不適切な感情を露呈してしまいました、申し訳ありませんでした。私が謝らなくてはならないとしたらこのTweetだけです。ブログについては謝る必要なしと、本当は思っています。

私が仲間はずれにされたグループの方、ひとりひとりの事は、誰も嫌いとか、憎いとか、そういう気持ちは全くないです、不思議なんですけれども。

もう一度仲良くして欲しいとか、グループに入れてという気持ちもありません。体力的にも精神的にも、もう無理だなと感じています。病気もママ友グループから離れて入れば落ち着いていて、最近ここ一カ月くらいは全く薬も飲んでいませんし、病院にも行っていません。心の病ですから、自分が大丈夫と思えば大丈夫のようです。

ただ、完全に治ったとは言えないようで、先日TDLに期間限定のスターウォーズツアーのアトラクションに乗りましたら、パニックになってしまいました。ここからはネタバレなので、TDLに行く予定の方は読まない方が楽しみが増えると思います。

スターウォーズ好きなんです。なので今回一番楽しみでした。乗るまではうきうきして娘に色々レクチャーしていました。順番がきました。狭いコクピットにワクワクして乗り込み、乗り物がまさに浮上した瞬間、R2D2じゃない金ぴかのロボットがおろおろと「あの、わたくし、違うんですけれども、あれ、あれ、発車してしまいました。あ、あ」と言いだしました。私は嫌な予感がしました。

次の瞬間、ダースベイダーが暗い空間に立ちふさがり、その後ろにはSTAY AWAYに出てくる白いロボットたちがずらっと並びました。次の瞬間、私の乗った乗り物が宇宙に飛び出しました。同時に頭が真っ白になり、手が氷のように冷たくなりました。止めてー止めてー!そんな事言ったらTDLの方が本当に止めて下さるかもしれませんので、そんな事言えません。私は娘の手をぎゅうーっと握りしめました。ママ痛い!痛いよ!と振り払われました。

気がついたら頭を抱えて疼くまっていました。手はがたがたと震えっぱなしです。心配するキャストの方が大丈夫ですか?と何度も声をかけて下さるのですが返事も出来ません。娘も心配しているかしら、早く復帰しないとと思ったら「ママ、次のファストパス何時だった?頂戴」と私に声をかけました。「はあ?」と思った瞬間、意識が戻りました。そして「ああ、飛行機はまだ無理だな」と思いました。

パニック障害って、こんな病気です。急に些細なきっかけでパニックになります。こうしたアトラクションもダメみたいです。以前はパニック系の乗り物やアトラクションが大好きで、ジェットコースターも一番怖いのはどれか、などと楽しめたのですが、今はもうこんな有様です。夫はもともとこういうのが苦手で、一緒に乗ろうとわがままをいったりして怖がる様を楽しんだりしたのですが、今は夫よりダメかもしれません。

人生は何が起こるかわからないですね。

豊洲でお知り合いになった方が海外に何人かお引っ越しされ、「遊びにきて」と言ってくださるのですが、無理そうです。海外も飛行機も大好きだったのですよ、残念でなりません。Mさん、お元気ですか?読んで下さっているようでありがとうございます。閉鎖する事になりましたけれども。帰国した際はお声かけ下さいね。また映画みに行きましょう。

豊洲に以前住んでいて、今は違うところに住んでいる方、私はこういう方達とご縁が出来やすいようで、豊洲にいる時よりも仲良くなります。とある方は、何故そんな話になったのか覚えていませんが「森生さんはママ友じゃないから。私の友達だと思っているから」と言って下さった事があり、ママ友付き合いで辛酸を舐めている途中の私はじーんと感動したのを覚えています。

話がまた横に逸れましたが、以前所属していたグループのひとりひとりの方は、いい人達ばかりなんです。

Kさんは娘にずっと付き添ってくれる程親切な方で、仲が良かった時などはおしゃべりするのが楽しみでした。いつも人と群れているなどという書き方をしましたが、率直な方で好感度が高いので人が集まってくるのでしょう。この方は後に書く「いじめ会議」でも、私と一番バトルをした方です。ストレートに言われないと言わないとスッキリしないようです。私もそうですから私に性格が似ているのかもしれません。ふわふわと社交辞令を言ったりしない、ふわふわとした感じですがきっぱりはっきりしていて、そういう所に好感を持っていました。

「頭おかしいんじゃないの?」と言われたと記事にしましたが、時々冗談でOさんに言っていたりして、この方にしてみれば悪気ではなく、口癖なのかもしれません。あの時は頭にきましたし、ずっと気にしていましたが、そういえばそうだったわと後に思い当たりました。

Oさん、オレンジのTシャツについて正夢を見た方です。この方はそもそもグループのお付き合いがあまり好きではなかったかもしれません。そういう所、気が合うわと思っていました。私が仲間はずれになった時に、グループの総意というか、外される理由などを率直に教えてくれた方で、Oさんがいなかったら、今頃検討はずれな事を考えて未だに悶々と悩んでいたかもしれません。寂しいですがスッキリとした気持ちでグループから離れられたのもOさんのおかげです。Oさん、その節はありがとうございました。あなたがいなかったら、私どうにかなっていたかもしれません。

このグループのボスママと私が書いてしまったHさん。この方はおおらかを装った神経の細かい人で、あれこれとよく気がついてグループをまとめあげます。困ったメンバーにはさっと救いの手をさしのべ、私も短時間ですが娘をひとりにしなければならない時、ご自宅に預かってもらったことがあります。私は娘に「失礼のないように。きちんと靴を揃えて、それから・・・」などとくどくど言ったのですが、そんな事は気にされない、誰かの役にたてるのが単純に嬉しいという方です。グループのお母さんという感じです。

それから今は会うと私に嫌な顔をするMさん。この方は、どうでしょう。すごく大人しくていつもニコニコされて、そんな風に変貌を遂げるとは思ってもみなかったのでとても不思議というか、疑問に感じています。この方は当時妊婦さんだからということで、いじめ会議も欠席されていましたし、KさんにはYちゃんを刺激しないでなどと叱られましたし、いうなれば甘え上手グループのいじられキャラ、アイドルのような位置にいらっしゃるのでしょうか。この方とは一度も揉めた事はありませんし、グループの中でも特に関係がうまくいっていたと思っていたので、今の視線の理由が全くわかりません。グループの総意を体現しているのでしょうか。

もうひとりいらっしゃるのですが、この方は訳あって早くに退園されましたのでコメントは控えますが、グループで何かするというといつも一緒でした。ただ、この方とも関係は良好だと思っていましたし、同じ血液型について一緒に愚痴を言ったりしていましたのでシンパシーは感じあっていると思っていました。私が全員に宛てたメールに一番早く返信をくれるのはこの方だとも思っていました。「大丈夫?ゆりちゃん。ドンマイよ」などと。でも、この方も私を無視したのです。でも、嫌い、と思った事はありません。優しくて私と同じようにママ友付き合いは大変よねと、よく愚痴っていました。今度家でワイン飲もうよ。そんな約束もしていました。もう果たせなくなってしまいました。

全員と、普通に仲良く良好な関係で繋がっていると、あの日まで信じていました。どうしてこうなってしまったのでしょうね?本当は私がずっと嫌いだったのかしら、グループからいなくなればいいのにと思っていた?そんな事、誰も思わなかったんじゃないかしら?ひとりひとりはこんなに良い人たちで、私は今でも結構好きです。でも、グループになると違います。群れるための総意というものが発生し、些細なきっかけで態度が豹変します。

ママ友達は怖くありません、怖いのは「ママ友グループ」です。

いったんどこかの群れからはぐれたら、もうどこにも行き場はありません。どこかの組織で失敗した人を、企業は採用しないというのと同じです。失敗した人という烙印は消えず、もう自営するか、日雇いをするか、生活保護を受けるか。そんな感じです。

あとはBUDDY豊洲園の園長先生。この方、コメントで失敗したなと思いますが、ネットとか情報系に弱い方なので許してあげて下さい。最近になりメールも出来るようになりましたが、基本的には体育会系の方です。ちょっと機械に弱いみたいです。

あのコメントだけみると、怖い嫌な人、圧力をかけてブログを閉鎖に追い込んだひどい人と思われるかもしれませんが、熱血漢で教育熱心で、生徒ひとりひとりに声をかける良い先生です。まだお若い方です。去年までずっとBUDDY幼稚園、江東、豊洲の副園長先生でした。今年になり前園長先生が会長に就任されたので、この方が園長先生になったのです。絶対的ではありませんが、信頼していますし、なので子どもを安心して預けています。

そういう訳で、悪意があってブログを書いている訳ではないとクドクドと書いていますが、本当なのです。

そういうもので構成されたものでしたら、きっと自分が自分を嫌いになってしまうと思います。私は自分を好きでいたいですし、いい人だと思いたい。ただの気の弱い、優しい人なのです。泣いた赤鬼という物語を思い出します。私は鬼ではありません、血と感情の通った人間です。お間違いのないようお願いいたします。

theme : 思ったこと・感じたこと
genre : 日記

ブログ閉鎖のお知らせ

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

本日はまず、お知らせがあります。昨日の記事にコメントを下さった、BUDDY豊洲園の園長先生の意向を汲み、このブログは今週金曜日平成25年10月25日金曜日午後19時をもちまして、閉鎖する事にいたしました。

私の妄想ブログ、ノンフィクションだと思う方がたくさんみえて、実在の関係者の方にご迷惑をおかけしたようです。私の想像力、創造力、自分が思った以上に高いようで、今後小説家、もの書きとして生きていく上での自信に繋がりました。

コメントを下さった、もんさん、スワンママさん、かのんさん、ありがとうございました。頂いたコメントで落ち込んだ気持ちが浮上できましたし、このブログを閉鎖する気持ちにもなれました。コメント頂いていなかったら、意地でブログを続けていて炎上したか、息子がBUDDYを退園しなければならない事態になっていたかもしれません。直接お目にかかってお礼を言いたいくらいです。

逆に、自分の地域や子どもの通っている小学校幼稚園の悪口を書いて何が面白いんだ、というコメントがありましたが、そうではない事は女性は、小さな子供を持つお母さん達はちゃんとわかってくれているようなのですが、やはり男性から見たらそうではなく、豊洲に住む割と余裕のある専業主婦が、愚痴や不平不満をブログに綴っているという風に思われたようです。

これはやはり、性差というか、男性目線、女性目線の違いです。このコメントを下さった男性の方からしたら、今話題の豊洲に住む余裕のありそうな専業主婦なら、何もかもがキラキラして幸せで、そういうところをブログに書いて欲しい、という願望なのだと思います。女性は、問題提起などせず、にっこりほほえんで楽しそうな雰囲気を見せてくれ、全ての女性というものはそういう存在でいて欲しい、と。

いっそ、キラキラブログにイメージチェンジして、「キャナリーゼリゆり子のキラキラ豊洲日記」にしようかしら?そんな風にも考えましたが、続く訳がありませんし、私がブログを書く意味がなくなってしまいます。

こうした圧力や否定的なコメントに屈したという訳ではありませんが、このブログは閉鎖する事にしました。理由は以下の通りです。

まず、昨日BUDDYの園長先生から「ブログを閉鎖して下さい」というコメントがあった時、私はこう考えていました。森生ゆり子に会いたがっている田中園長先生、こうなったら直接対峙して折衷案を提示してみようかしら?と。BUDDYの悪口を書いている訳では決してないこと、もし損害が発生しているのなら、今後の対策として問題と思われる箇所だけ削除して、ブログは続けさせて下さいと。

でも、とある方のアドバイスで、もうまるっと閉鎖する事にしました。そのある方とは、以前お世話になった事のある、弁護士の先生です。

私がグループから外された際に、グループの方と揉めてBUDDYの田中園長先生から呼び出しを受け、私を排除した方々と話しう場に出席する事になりました。2013年3月10日の事です。この時、私はこの弁護士の先生に相談していました。第三者として一緒に出席して下さいませんか、と。

その話し合いの場、私は「いじめ会議」と名付けたのですが、このいじめ会議の場に私の味方は誰もいませんでした。正確には夫も出席する事になったのですが、配偶者の証言だけでは弱い、と思いました。私は裁判所に行くような気もちになっていたのかもしれません。裁判官は、田中園長先生です。なので弁護人、私の考えや気持ち、心情を弁護してくれる存在が必要なのだと。それから、後で言った言わないに発展しないよう、第三者が必要だとも思っていました。

先生はうーん、と考えこんだ後で、「出席するのはかまわないが、森生さんにとって良い方向に行くとは思わない、だから私は行かない方がいいと思う」とおっしゃいました。弁護士と名乗る者がそういう場に行くと、出席した人たちが本当の事を話し辛くなるでしょうし、園長先生の顔を潰す事になると。それに、と付け加えて、

「弁護士っていうのは、依頼者の利益を守る役割をするのであって、森生さんはお金が欲しい訳じゃないでしょう?もし、そのいじめた方々により精神的、肉体的に被害があった、あるいは名誉を棄損され損害賠償を請求したい、そういう事なら私は役にたつと思いますが、ただ第三者として同行というのは意味がないと思いますよ」と。

私は成る程と思いました。逆に考えてみても、もしグループの誰かが弁護士の方を連れてきたら、やはりいらぬ緊張するでしょうし、余程BUDDYが、園長先生の事を信頼していないんだなと思うと思います。なので、弁護士の先生に同行して頂くのは諦めました。代わりに、

「先生、私、自分の体験を元に小説を書こうと思っているんです。書いたら読んで下さいね」

と言いました。先生は、へえーっという顔をチラッとした後、すぐにいつものポーカーフェイスに戻り、「わかりました」と言ってくれました。

その先生が、昨晩お電話を下さってこう言いました。事前にこのブログというより、小説を書くにあたり、こうした豊洲の方々を偽名で登場させる事にについて問題がないかどうか、相談していました。その続きではないですが、息子が通っている園長先生から損害が出ているとコメントがつき、ブログ閉鎖を要請させているが、閉鎖しなくてはならないのか、しないとどういう事が発生するのか、事件(裁判)になるのか、などなどです。

「ブログ、ざっと、えーと幼稚園のところだけ読んだのですが、これは実在する幼稚園なんですか?」
「はい、そうです。息子が通っています」
「どうしてこれを書く必要があるんですか?」
「私だけじゃなく、お母さん達のお付き合いで悩んでいる人がたくさんいるんです。なので社会をよりよくする為に、問題提起のためにブログを書いています。」
「成る程。でも息子さんが今後も通うおつもりがあるのでしたら、園長先生の言う通りにした方がいいですね」

それから、「このブログの内容では、損害賠償請求はまず難しいでしょう」とも。

私は落ち込みました。先生は言葉は少ない方ですが、いつも正直で的確なアドバイスを下さいます。その先生が言うのですから、その通りなのだと思いました。自分でもわかっていました。息子が通っている幼稚園の園長先生、もし意地を張ってブログを続けたら、息子が幼児園でどんな目に遭うか。園長先生のブログコメントにもはっきり書いてありました。

止めないと、豊洲BUDDYの園児、関係者から非難を受ける事になります、と。

もう現状私は今既にそういう状況にある訳で、今さらそれらが追加されたとしても痛くも痒くもないのですが、「あなたの子どももそういう目に遭いますよ」と言っているのです。これは大問題です。

私自身は孤立した村八分のような状態なのですが、息子は違います。確かに、誰かお友達とそのママと、ららぽーとでおやつを食べたり、ランチしたり、一緒にどこかに行くという事は全くなくなりましたけれども、園生活は、楽しく健やかに過ごしていてくれていると思います。もしそうでないならとっくに退園させているでしょうし、豊洲を引っ越ししてどこかに行ってしまっていたかもしれません。

子どもなんか生まなければよかった、子どものいない世界に行きたい、子どもなんか嫌い、といいつつ、やはり子どもは自分より大切で、少しでも幸せに健やかに存在していて欲しい対象なのです。大切なのです。無条件に可愛いのです。私の命なのです。

なのでブログは閉鎖する事にしました。権力に負けたのでもない、自分に負けたのでもない、息子が大切なのです。ひとりの森生ゆり子という女性は、母親である森生ゆり子に負けたのです。

母親、こんな厄介な仕事がこの世にあるでしょうか?対価を求められる訳でもない、普段は誰からも感謝されなければ褒めてもらえる訳でもない、それどころか、その仕事を少しでもさぼったり手を抜いたり息抜きしようものなら、非難されます。「母親のくせに」と。

因果な商売なのです。

息子をいつものように自転車でお迎えに行ったBUDDYからの帰り道。息子に聞いてみました。

「ねえ、BUDDYやめて豊洲幼稚園に行こうか?Nちゃんも、Kくんも行くらしいよ。お姉ちゃんの小学校もすぐお隣だし、楽しいと思うなあ」すると、いつもは「うん、もう辞める」だの「やったー!」などと小躍りして見せるのですが昨日は違いました。

「僕、BUDDYやめないよ」

いつもと同じように冗談めかして話したのですが、今日はいつもとは何か違う、そんな空気を読み取ったのかもしれません。私はもうBUDDYやめてもいいなと思っていました。そうしたらなんの遠慮も障害もなく、小説やブログを書き続けられると。

BUDDYにはなんの不満もありませんでしたし、こんな幼児教育をしてくれるところは他にありませんので、出来れば続けたかったのですが、「ママ友って何?」というテーマというか、問題提起をするという事は私のライフワークになっており、息子よりそちらを優先させるつもりでいました。

でも、真っ直ぐな目をして真面目ぶって「BUDDY辞めない」と息子に言われては、どうする事も出来ません。私は母親なんだなと、実感しました。母性なぞ持ち合わせがないと常々思っていたのですが、そうではなかったようです。

そういう訳で、ブログを楽しみにして下さっていた皆様、コメントを下さった方には申し訳ないのですが、このブログは閉鎖する事になりました。ブログを始めたのが2013年7月25日、閉鎖する予定が2013年10月25日。なんの偶然か、ちょうどぴったり3カ月間、ご支援下さいましてありがとうございました。応援して下さっているのは、ブログの閲覧数で実感しておりました。

昨晩はPVがなんと4110、確認した時は一瞬自分の目を疑いました。

私の考えていた事は、やはり間違っていませんでした。「ママ友達」で苦労している方が、ここ豊洲だけではなく、日本中に溢れているということ。私は孤立してひとりぼっちではありませんでした。同じ気持ちでいる人が、たくさんいたのです。ブログを始めて良かった。本当にそう思います。

ありがとうございました。

豊洲の未来

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

最近ブログにコメントを下さる方がいらして嬉しい今日この頃ですが、男性と女性では全く視点が違う事、賛否も男性女性で別れているような気がして興味深く拝見しています。コメントありがとうございます、励みになります。

でも、以前の記事にも書きましたけれど、ここは男子禁制ですのでどうぞよろしくお願いいたします。あと、何度もしつこいようですが、私の書いている小説、ブログ共にフィクションですので、こちらにつきましてもご了承下さる方のみ、楽しんで頂けたらと思います。

わかりましたか?わかりましたね?はい、男子は出てくださーい

「あのブログの森生ゆり子さんですよね?」と不躾に聞いてくるのも男性、個人のスマートフォンから個人契約のプロバイダ経由で「調査します」と組織を装って書き込みするのも男性、本当に男の人ってデリカシーがないですよね。とっととマンモスを狩りに行ってらっしゃいという感じです。

女性は知っていても知らないふり、見ない振り、色々と察してくれます。ママ友コミュニティで悉く失敗し続けた私ですが、女性の持つこうした能力に助けられる事がたくさんありました。ただ私も男性同様、この「察する」という能力が足りかなったせいで、色々ひどい目にあっているような気がします。なので男性の悪口を言える立場にないのですが。

さて、今朝ほどベッドの中でごそごそとスマートフォンをいじいじしていましたら、興味深いニュースとTweet がありました。

ニュースは、豊洲に初のホテルが誕生するそうで、デベロッパーは三井不動産さんだそうです。日経新聞のWebサイトは会員でないと記事が全部読めないので、内容をブログに貼って下さる方のサイトをツイートしてみました。

宿泊施設のない豊洲、今まで遠方から、いらした方には「ゲストルーム」で対応していましたが、最近の豊洲人気で、お盆でもお正月でもない普通の週末ですら抽選で、先日初めて落選通知を受け取りました。一カ月前から予約を入れ、多数希望者がいる場合は抽選になるのです。

今まで予約がとれなかった事がなかったので、ゲストルームが取れない時にどうしようという問題がありませんした。なので考えた事もなかったのですが、これからどうしましょう。身内でしたら家のどこかで寝て貰えば良いのですが、お友達が子どもと一緒に大勢で来て下さる時などちょっと困ります。でも家の近くにホテルが出来れば安心です。

それからTweet の方は、「豊洲も将来は多摩ニュータウンみたいに、お年寄りばかりの街になるのでは?」というものでした。

これについては私はちょっと違う意見です。多摩ニュータウンと豊洲は立地も、将来の期待度、って難しい言葉でなんというのでしたっけ。出てきませんが、そういうものが全く違うと思います。

確かに多摩ニュータウン、今の豊洲のようにニューファミリーがこぞって移住し、子どもを産み育て、新しい街を形成し、新しい空気のコミュニティがあったと思います。豊洲も今、確かにそういう事になっています。ニューファミリーが集まり、子どもを産み育て、子どもだらけ、そしてママ友だらけの街です。しかもママ達は地方出身の方が多いので、コミュニティ内で寄り集まりたがり、グループが堅牢、そのネットワークは巨大で緻密で全部繋がっている、という事なのですが、多分多摩ニュータウンもかつてはそうだったのでしょう。

でも単純に言って、多摩ニュータウンは山の街、豊洲は海の街、それに豊洲はもともとなかったところに埋め立て地を作ったそうで、まだまだあちらこちらに「平らな」空きスペースがあります。立地もこんなにいい所ってそうそうないです。大手町や銀座がほんの数分、都内どこに行くにも便利で、東京の外に出るのにも新幹線まで地下鉄で4駅JR1駅。最近は豊洲に遊びにくる方も増えました、文化も娯楽も充実しています。

そんな場所は、7年後オリンピックの選手村になるそうで、その跡地は、新しいマンションや商業施設などがたくさん出来ると聞いています。今は豊洲交差点が豊洲の中心みたいな顔をしていますが、もしかしてそちらの方が今後は中心になっていくかもしれません。現に今は、ららぽーとのあたりが中心になりつつあります。何か大きな集客の出来る施設が出来れば、単純にそちらが中心になるのでしょう。

新しい、便利、楽しい、そしてまだまだ進化の余地がある街なのです。

それに、これは私の勝手な大胆予測なのですが、オリンピック村や築地が出来る豊洲六町目、ここもマンションや商業施設などで混み混みになったら、また新しく豊洲七町目が出来るのではないでしょうか。

そもそも東京は、徳川家康が海を埋め立てて作った街です。江戸時代ですよ?そんな昔から、海を埋め立てて新しいスペースを作っていたんです。今の技術をもってすれば、また作ろうと思えばあっという間に出来てしまうと思いますし、出来ない訳ないですし、作るに決まっています。温暖化で海の水位が上がる懸念がありますし、今の豊洲より25mくらい高い海抜の土地を作るのではないかしら。100年後は最大25m水位が上がるそうです。そして100年後ですから、手塚治虫さんがアトムで描いたような近未来都市に今度こそならないでしょうか。

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そこに住むのは、今、豊洲で生まれ育っている子ども達、豊洲住民の子孫ではないかと思います。

家の娘は豊洲が大好きで、将来も豊洲に住みたいと今から言っています。豊洲に住む子どもたちは豊洲が大好きなようで、意思は継がれると思います。私も豊洲以外に住みたい街はなく、最近教育方針で喧嘩ばかりの夫とも、これだけは同意見。多分ここ豊洲が、私の終の住みかになるのではないかしら。

今は豊洲駅でぶつっと切れた状態のゆりかもめも伸延するでしょうし、新たに地下鉄の路線も出来るようです。たまに用事がありラッシュの時間と重なると怖いくらいに混雑の豊洲駅、今後は更に拡張されるかもしれません。

引っ越してきたばかりは、「駅に人があまりいないんだよ、座って会社に行ける」と夫が喜んでいたのがほんの8年前。今はa6の出口など、いつも行列になっていますものね。閉所恐怖症の私にはちょっとキツイ光景です。もっと広くなってくれないでしょうか。ゆりかもめしか交通手段のない、新豊洲駅周辺、地下鉄が通り、それがお台場まで繋がるなんて事もありそう。

あくまでも私の想像というか、妄想なのですけれども。

こんな事を考えるに至ったのには理由があります。私の小説を投稿するところがないかしらと、あちこちネットチェックをしていたところ、新しい賞が作られたという記事がありました。

星新一賞」日経新聞主催だそうです。

星新一さんの本は、中学生くらいの時に図書館で読んだ覚えがあります。SFというものに初めて対面したのも星新一さんの作品からでした。SFって理系よりで、男性のものという苦手意識が今でもあるのですが、この賞はちょっと面白そうだなと思いました。

この賞には一般部門とジュニア部門があります。一般部門はフリージャンルなのですが、ジュニア部門にはお題があり、「100年後の未来を書いて下さい」とあります。

100年後の未来、遠く感じますが、多分あっという間に来るでしょうね。母親な私達はみる事はできませんけれども、子ども達はもしかしたら見られるかもしれません。平均寿命も伸びていますし、100年後の平均寿命は100歳超えているかもしれません、特に女性は。

100年後の豊洲はどうなっているかしら?

あちらこちらのデータを集めたり、それらを組み合わせたり想像したり、いつもの私の妄想が始まりました。そんな世界を、自分のDNAを運ぶ者たちが何を見て何を思うでしょうか、想像するだけで楽しくなります。そんな事を考えると、ママ友付き合いで苦労や失敗の連続で、オーバーではなく何度も死にかけた私ですが、「子どもを産んでよかった」などと、自分勝手な事を思ってしまいます。

ママ友付き合いでこんな苦しい目に遭うのは、そもそも子どもがいるから。子どもなんか産まなければよかった、子どもなんか嫌い、ママ友のいない世界、子どものいないところに行きたい。そんな風に思った事は一度や二度ではありませんし、子ども達にそう言って八つ当たりした事もあります。こうして書いていると、どんな鬼母なのかと我ながらぞっとしますが、多分同じようなシーンが今後もあると思います。

まだまだ子育て真っ最中、ママ友付き合いは上手く機能していないながらも、コミュニティの端っこには存在しなければなりませんから。

でも100年経てば、もう自分の肉体も意思もなーんにも無くなってしまうと思うと「今だけ」ほんの束の間。しんどい思いも悲しい記憶も、いつか全部消えてなくなってしまうものなのだと思えば、なんとかやっていけるような気もします。

豊洲の100年後、ママ友コミュニティはどうなっているでしょうね?

豊洲に実家があり、豊洲に住む新世代キャナリーゼ、あまりママ友っって必要なくなるかもしれませんね。頼る実家がすぐ近くなら、こんな風に濃いお付き合いをする必要も寂しさを埋める必要もなくなりますから。そもそも「ママ友達」という言葉、出てきたのって最近ではなかったでしょうか。

100年後はママ友という言葉自体消滅しているかもしれませんね。でも、いざそうなると、寂しいような、せいせいするような。複雑な心境です。

もう数えるくらいで僕らは消え失せて、真っ暗な朝が来るね

豊洲での一日

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

この頃子ども達が、BUDDY、小学校へとそれぞれ愚図らず行ってくれるようになり、日中は自分の時間が出来るようになりました。ふとご近所の方と立ち話をしたりすると、「毎日何してるの?」「お仕事しないの?」などと聞かれる事がたまにあります。

小説やブログを書いている事は内緒なので、子どもの手も離れてあり余る時間、何をしているんだろう。あまりママ友コミュニティにも属していないみたいだし、という事なのだと思います。

なので、今日は私のとある一日を書いてみたいと思います。チラシの裏的記事なので、あまり見ないで下さいね。というか、このブログがそもそもそういうもので出来ていますので、ご了承下さい。

5:30起床。ダイニングに行きたいのですが、早く起きてごそごそしていると「うるさい!」と、家族からクレームがくるのですまだベッドの中です。ネットチェック。天気予報、ニュース、ブログのアクセス数を確認したり。

6:30本当に、起床。朝食、お弁当の準備。BUDDYはお弁当ですので、毎日お弁当を作ります。でもキャラ弁とかしないので、だいたい15分くらいで完成します。

7:00子ども達を起こして朝食、支度。夫はきちきちと6:00に自分で起きる人なので、私が起こした事は一度もないです。

7:45家族全員で家を出ます。夫は会社へ、娘は小学校、私と息子はBUDDYへ。

8:15ペルエメルでバゲット購入。晩御飯用のパンです。いったん家に戻り、朝食の片付けや外出準備。コーヒーを飲んだり。

9:00小学校のカウンセリングルームへ。カウンセラーの方に色々お話を聞いて頂きました。子どもや家族の話が中心なのですが、この界隈のママ友事情についてもちらっとお伺いしてみました。豊洲は他の地域に比べて、ママ友付き合いで悩むお母さんが多いそうです。

ママ友談義はほんの少し、時間いっぱいは、娘の反抗について相談してみました。とてもよいお話を伺えて、お邪魔した甲斐がありました。教えて頂いた事は日々の中で実践してみたいと思います。これについてはとても興味深いお話がありましたので、別の機会に書いてみたいと思います。

10:00ビバホームへ日用品の買い出し。100円ショップでハロウィン用のデコレーションなどを購入。本屋で予約していた本を購入、ちょっと立ち読み。薬局、洋服屋さん、靴屋さんを覗く。

最近はビバホームの2Fで何もかも買う事が多いです。洋服、靴、化粧品、家族のものもここで買えてしまいます。探すと可愛いものが結構あるんですよ。ただ、ゲームセンターがあるので子どもとは来ません。見れば走っていってしまいますから。夫はよく連れてきているようで、ゲームの話を子ども達だけでひそひそ話しているのを小耳にはさみます

11:15食料品を買いに。4丁目のたつみチェーンで購入。今は福引の抽選券を集めているので抽選券の貰えるお店でなるべく買い物をしています。

11:30安庵でおひとりさまランチ。根菜ごろごろの豚汁もついたお刺身定食が900円。このお店はベビーカーは入れませんしサラリーマンの方が多いので、ママ友さんにばったりという事もなく、コストパフォーマンスも味もよく、お気に入りのお店です。

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豊洲が再開発される前からあるお店で、しっかり和食を食べたい時にぴったりです。夫も平日用事があり仕事を休んだりすると、ここに来たがります。定食の写真を送信して、夫を羨ましがらせました。

12:15豊洲のサラリーマン、キャナリーマンというそうです。そんな方々で混みだしたお店を後にします。お仕事されている方優先ですよね、やはり。混まない時間帯にランチをするように気をつけています。お店を出て家に戻り、ブログ、小説を書きました。夕飯の支度や家事などもここでやります。今日は大物のお洗濯、シーツを冬用にしたり、押入れを整理したり。やることはたくさん家事はやりだすとキリのないことばかりです。

15:00ご近所さんにばったり。ちょっと立ち話。

15:30慌てて息子のお迎え、BUDDY課外クラブの見学。

BUDDYは放課後の課外クラブが活発で、通常の授業の後に、スポーツ、音楽、絵画などの教室に参加できます。オリンピック選手や元プロのスポーツ選手の教室もあり盛況のようです。勿論全て別料金ですよ。親の送迎や付き添いの必要はなく、先生が教室に誘導して下さいますので便利で良いのですが、息子に「見学に来て」と毎回言われてしまい、気の弱い私は断り切れず、課外授業のクラブ横でひとりで佇む事になります。

この「付き添いがいらない」というのは大きなポイントで、幼児教育というのは、ほとんど保護者の送迎、付き添いが必要ですが、BUDDYなら先生が各教室から課外クラブ実施場所まで誘導して下さいますので、親は必要ないのです。なので、お仕事されているお母さんには非常に便利なシステムです。私のような母親もそれは同じで、お迎えに行くとなにもかも済んでいるというのはありがたいのです。

「付き添いがいらない」で思い出しましたが、家のポストに幼児小学生向けの野球かサッカーのメンバー募集のチラシが入っていたのですが、大きな文字で「お茶出し、当番など、お母さんの負担は一切ありません」と書いたものがありました。そういうのが負担に思う方は、私だけじゃないんだなとちょっと安心したのを思い出しました。BUDDYを卒園した息子がサッカーか野球をやりたいと言い出したら、絶対ここにします

それから、BUDDYに行く途中、ビバホーム横の道でTVの撮影がありました。はしのえみさんがいらしたので、王様のブランチでしょうか。「こんな大きなホームセンターで買い物するのは初めて」と言ってみえました。あと安めぐみさんとか、すらっとした美人さんがみえました。ここ豊洲はこうした撮影クルーやテレビのインタビューアーをよく見かけます。私がマイクを向けられる事も時々あるんですよ。草なぎ君とか、オセロの松島さんとか、ここ豊洲内では色んな有名人の方をお見かけします。

16:15息子を自転車に乗せて、帰りがてら娘の小学校にお迎え。げんきっず内で英語やダンスの無料教室があり、そういう日は17時までいてくれるのですが、その後別の習いごとをする場合があるので、17時前にお迎えに行かないと間に合わない日があります。

17:30娘に夕食を軽く食べさせ、送り出します。

18:00片づけ、お風呂、息子の夕食。息子はBUDDYで疲れて帰ってくるので、食事の後はソファで寝てしまう事が多いです。休日は運動量が少ないせいか、結構遅くまで起きていますね。運動、やはり大切です。

18:30息子をベッドに運んで、部屋の片づけなど。BUDDYの連絡帳などのチェック。カレンダーとにらめっこ。家族それぞれのスケジュールが重なる事が多くなってきて、何を優先させようかとか、隙間に新しい用事を入れたり。

19:00少し勉強。趣味の範囲なのですが、ずっと続けている事があります。

20:00娘帰宅。食事させてお風呂、宿題など。テレビも見たいでしょうし気の毒なのですが、早めにお布団に入れます。習いごとはスポーツ系なので、元気そうでも疲れていると思うからです。子どもは10時間睡眠させたいと思っています。

21:00~22:00頃、夫が帰ってきます。夫の食事は自分でやってもらいます。ご飯の盛りが少ないだの、塩気が足りないだの、色々と希望要望があるそうで、お好きにどうぞという意味でそうしています。

22:00ネットをチェックしながらメールの返信など。赤ワインなど飲んだりもします。ほっと一息。そうするとなんだか眠くなり、このあたりで記憶が途絶えます。そしてまた朝。

こんな感じです。

おひとりさまランチは、月に一回あるかないかなのですが、時々豊洲内のどこかでお昼を食べたりする事もあります。でもこの一食で食材が買えるわ、なんて思ってしまいなかなか出来ませんけれども。それにひとりでランチしていると、「あら?森生さんひとりでランチしているわ」なんて思われないかとちょっと考えてしまったり。

なので普段は夕飯の支度をしながら味見がてらちょっと食べたり、食べなかったり。でも基本家にいる事ってあまりないかもしれません。いつも豊洲内を自転車で走り回っているような気がします。豊洲内で足りない用事ってあまりありません。意識しないと、出る必要もないですし。何もかもが揃っている街なのです。

小さな子どものいる豊洲のお母さんは、ここにプラス、ママ友ランチやお茶などの社交という事になります。私もかつては本当にしょっちゅうそういうのに参加していました。それはそれで楽しかったですし、ひとときの安らぎになったのですが、このブログで書いている通り、今はひとりになりましたのでお誘いもありませんし、誘う人もいないので無くなってしまいました。

昔の私は更にこれプラス、豊洲内のあちこちにある公園に毎日子どもを連れていったり、習いごとに連れていったり、様々なイベントに参加したり。ランチやお茶は一日おきにしようと決めてカレンダーに書き込んだりしていましたね、そういえば。したい、のではなく、お誘いや誰かと集う事が多くて、必然的にそうなっていました。なので経済的、健康上の理由から、毎日にならないようにと気をつけていたのです。

今思えばどこにこんな体力や気力があったのかと思います。若かったのでしょうね。子育ては体力勝負というのは本当だなあとつくづく思います。人づきあいもそうですよね。

そう思うと、今のひとりぼっちなこの状況、図らずもそうなってしまっているのですが、体力的にも精神的にも年齢的にも、今の私にとって丁度いいのかもしれません。小さな子どもを持つお母さんが持っている「ママ友の穴」、ママ友達で埋める事が出来ない代わりに、小説やブログを書いていると自分では思っていたのですが、もしかしたらこれでいいのかもしれません。

ママ友達で溢れ返るここ豊洲で、自分の母親にママ友達がいないという事は、子ども達にとっては死活問題で嬉しくない状況という事はよくわかっているのですが。子ども達、早く大きくなってくれないかしら?でも小さな子ども達ももうちょっと楽しみたいような気もしますし。

こんな風に豊洲での時は流れてゆきます。徒然なるままに。

男子禁制

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

先週の三連休プラス代休プラス台風の為の休校と、五連休あったせいか、一週間があっという間に終わってしまった気がします。子ども達にとってのお休みは、私のような専業主婦にとっては勤務日と一緒、この土日も家族の用事やイベントで消化される予定です。

それでなくとも秋は行事がたくさんあるのですが、我が家は秋生まれが多いのでそれに伴いイベントも多くなり、今年は息子の七五三、ハロウィンのうちにTDLにも行きたいですし、義理の父のお祝いごともあります。プラス豊洲の秋はイベントが多く、豊洲マラソン、ハロウィンパレード、商店街の福引、シエルタワーの周年記念行事...etc全部こなせるでしょうか。

さて、昨日、私は「台風一家」という記事を削除しました。最近はキャッシュも消えるのが早いので、内容はもう確認できないのではないでしょうか。

・ママ達がお揃いのTシャツを着ていた
・私がまた正夢を見た
・おばあちゃんの椅子事件

サザエさん風に言えば「この三本です」という感じなのですが、いつもの通り、私のダメ母っぷりとコミュニケーションスキルの低さを反省、プラスBUDDYの園長先生から「目をかけて貰っている」のではなく、「目をつけられている」という内容が盛り込まれていました。

このブログの内容に異を唱える人が二人現れました。ひとりは夫、もうひとりは「台風一家」にコメントを下さった多摩区役所の方、多分男性です。なので気の小さい私はこのブログ記事を削除したのです

夫は、私がこのブログや小説を書いていることは知っているのですが、私が「読まないで」というので律儀に読んでいない振りをしていました。でも昨晩仕事から帰った夫に、「ブログにコメントが付いていたの」と報告をしたところ、熱心にブログ記事、コメントを読みだしました。そこで夫がおばさん化してしまいました。夫は怒るとおばさんになります。声も一オクターブくらい上がり、言葉使いも女性っぽくなるのです。

「ねえ、もうやめてよぉ~お願いだからぁ~もぉ~キーッ

何がやめてなのかよく聞いてみると、暗に園を批判するような事を書かないでという事らしいです。息子が今以上にBUDDYでの立場が悪くなり、最悪退園させられてしまうかもしれないからという事でした。私は、「そこなの?」と思いました。でも私、批判したつもりはなく、私の母親としてのスキルが低くて悲しいと書いただけで、園がどうのというつもりでは決してないのです。

それともうひとり、多摩区役所の方は、「自分の住んでいる土地の幼稚園や小学校を批判するあなたは悲しい」という内容でした。豊洲に引っ越してみえる予定があるそうです。内容や言葉使いから、なんとなくですが男性なのだなと思いました。私はそのコメントに

「私の愛も、私の苦しみも、誰もわかってくれない」

と返信しました。エースをねらえの岡ひろみです。でもきっと、本当の意味はこの方にはわからないだろうと思います。何故なら男性だろうと思うからです。

ブログだけではなく、常々私は、このママ友付き合いやママ友ワールドというのは、男にはわからないだろうなと思っています。女性同士が集まって一体何を話しているんだろう?ママだけではなく、女性は群れるのが大好きで、幼稚園からおばあさんという年齢の方々まで、女性はグループで行動したがりますが、男性にしてみれば、用事や目的もなく、グループでいる、とか、群れて安心する、という事自体がわからないのだと思います。

それは言ってみれば性差としか言いようがないのではないでしょうか。

太古の昔から、男はマンモスを狩りに、女性は子どもを守りつつ男の帰りを待つという図式がありました。男を待つのには、単体より集団の方が何かと便利です。獣が来たとか、他の部落が攻めてきたとか、単体だと困る事ばかり。集団で一致団結しなければ、生き残れない環境がありました。

その記憶が今でもDNAに残り、女性は群れたがる、ママという子どもを守らねばならない役についた女性はママ友達という集団でいたがる、という事なのではいのかと思います。ママ友達って、子どもが小さな頃は本当にぴったりくっついて集団行動しますよね。子どもがやや大きくなると、もうママ友達って必要なくなるそうです。先輩ママ達は皆さん口を揃えておっしゃいますし、実際周りを見渡してもそうみたいです。子どもが小さい頃のママ友繋がりがママだけでずっと続く、という事はあるようですが。

そんな訳で、マンモスを狩るために巣を離れっぱなしの男達には、コミュニティの内情などはどうでもよく、いかに効率よく安全に狩りをするか、生きて帰って家族をお腹いっぱいにするかが重要で、ママ友付き合いの大変さ、苦労などはわからなくてよいという事なのではないでしょうか。

なのでママ友コミュニティやご近所付き合いにおいて「男は役に立たない」のです。ママ友付き合いに挫折したくらいで「ひとりぼっち」だなんてオーバーな、と、男性は思うでしょう。でも、小さな子どもを持つ女性にとっては、家族や友達では埋められないママ友達という穴があるのです。もうお子さんが大きい方なんかだと、「ああ、私もあったわ」という事になるようです。

そういう事なので、男性目線で見ればこのブログ、一人の暇な専業主婦が地域の不平不満をせっせと書いているバカッターならぬ、バカブログ、もしくは自分の首を絞めているデスブログと思っているかもしれませんが、私は至極真面目にこれを書いているんですね。それにやはり「おまえは馬鹿だ」と言われるのは気分の良いものではありませんので、批判や反論などありましたら、どうぞご自分のブログ内でお願いします。私はみませんけれども。

男にはわからないんです、わかって貰えなくて当然、なのでこのブログは、男子禁制にします。男の人は読まないで下さいね。

ところで、多摩区役所の方だと何故わかったかというと、ブログにコメントを残すとIPアドレスが同時に記載されるようになっていて、そのアドレスから情報を引っ張ってみたのです。

ip


ネットの匿名性を信じている方はもうほとんどいらっしゃらないと思うのですが、ふとした隙に個人情報が表面化してしまう事が多々あります。夫が心配しているもうひとつはそのあたりで、私も同じです。でも、私個人としてはそうなったら勿論困りますし、知られて困る事がないとは言いませんが、ある意味仕方ないと思っています。

でも、家族である夫は会社という組織にいる人、子ども達にも未来がありますので、そういうものに影響があるのは非常に困ります。「家族に迷惑かけないでよぉ~もおぉ~」だそうで、どうぞお手柔らかにお願いいたします。

私が解析したIPアドレスなどはまた素人の範囲なのですが、プロ顔負けというか、職人のような技で様々なデータを引っ張っり出す人がいます。そういう解析が趣味的に好きな人が多いという事もよく知っています。

そういう個人個人より困るのが集団での追跡、所謂「炎上」です。ツイッターに悪ふざけをした写真を投稿し、実名どころか家族や友人知人の個人情報まで流出した方を最近ネットやニュースでよくみかけます。先日NHKでもクローズアップ現代で特集が組まれていて、それを見た私はドキッとしたりしました。

単体ではそうでもないのですが、集団になるとヒートアップして個人攻撃がエスカレートするのでしょう。ママ友達のグループもそういうところがあるように思います。個人対個人では特に問題もなく、穏やかにお付き合いしていると思っていても、グループの総意=ボスママの意思というものが関わると、そうはいかなくなってしまうというような。集団心理というのは怖いなと、そんな風に思っています。

話は戻って、その多摩区役所の方のコメントには、「今話題のブログということで読んでみました」と、ありました。どこで、どんな風に話題になっているのでしょうか。社交辞令なのでしょうか。

アフィリエイトもゼロ、広告が表示されるのは私が無料でブログツールを利用しているせいで、私が貼っている訳でもありません。どこかとタイアップしてもいませんし、私個人がコツコツと備忘録代わりに書いているだけなのですが。

それに元々はブログメインではなく、小説「キャナリーゼの憂鬱」で「キャナリーゼ」という言葉を入れたので、キャナリーゼや豊洲という街を知って貰わないと小説の内容がわからないだろうという事で始めただけなのです。

あとは、書く事で自分の考えや感情がよくわかり、生きる指針になったり気持ちが落ち着いたりします。セラピーのような意味合いもあるのでしょうね。ブログを始めてから心身共に調子が良いように思います。でも批判されている方からすれば、チラシの裏にでも書いて下さいということなのでしょう。

とあるひとりの方のコメントで、こうして様々な事を考えました。「悲しいブログ」と書いていただいて、本当にその通りだと思いました。こんなにたくさん人で溢れ返り、ネットのとある記事では、一年に一万人人口が増えている街だと紹介されるようなここ豊洲で、こんなに孤独でひとりぼっちで気の毒な母親はいないと思います。

そんな悲しいひとりの母親の備忘録です。あまり、いじめないで下さいね。

昨日削除した「台風一家」は、ほとぼりが冷めた頃に復活させる、かもしれません。「おばあちゃんの椅子事件」で学びました。多摩区役所の方が下さったコメントもこの記事の中にあります。記事が復活したら読めると思いますので、今しばらく、静かに、そっと、お待ち頂けましたら幸いです。

「話題のブログ」なのかどうか。確かにUUもPVも数字が伸びてきて、読んで下さる方が増えているなと実感しています。いつも読んで下さりありがとうございます。小説「キャナリーゼの憂鬱」も、よろしくお願いします。

台風一家

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

昨晩から未明にかけての大型台風通過に伴い、かなりな風と雨でしたね。被害に遭われた皆様にはお見舞い申し上げます。台風一過の豊洲の空には虹がかかっていたようで、Twitterで思わずリツイートしてしまいました。最近虹が多いです、素敵な予兆だと嬉しいですね。

ここ豊洲でも、あちらこちらで事故があったようですが、小さな子供の被害はなかったようでほっとしています。

未明から、BUDDYはTwitter、小学校からはメールで、休園休校のお知らせがありました。こうしたSNSでの連絡は慌ただしい朝、本当に助かります。こまめに情報をチェック出来るのも良かったです。

休校休園を知らせると、学校の好きな娘は少し落胆、息子はカレンダーの三連休プラス代休プラス休園と、計らずも五連休となり、大喜びでした。彼はBUDDYがあまり好きではないようです。というより、家にいるのが好きなようです。

そんな彼の運動会が先日ありました。何もなかった、されど思うところは色々あり、書ききれない気がします。が、今日は感情抜きで箇条書きで書いておこうと思います。私の備忘録です。

・グループでシートを近くに敷こうという指令がなかったので、時間も配慮も何も考えず自由だったが、寂しい気持ちもしました。
・お母さん同士は、親しい人と挨拶する時は声が一オクターブ高くなるということを発見。私もかつてはそうだったのでしょうか。「あーおはようぅ」みたいな感じです。
・女性は固まるとモラルが低くなる。レジャーシートに座って参観している人たちの前に立ちはだかる人が多くみられました。前に立たないで下さいね
・自分がひとりになって初めて気がついたのですが、結構ひとりで静かに観戦しているご父兄は多いということ。賑やかで派手なグループに目を奪われがちですが、そうではない人の方が多数でした。
・おじいちゃん、おばあちゃんがいるご家庭のお母さんは、ママ友グループになっていないようでした。以前ブログで書いた、地方出身のお母さん達は、寂しさを埋めるためにグループ付き合いに熱心になりやすい、という事がここでも顕著なのかもしれませんね。
・トラック内は椅子、テント禁止の筈が、椅子に座って観戦している方が多くみられました。
・ママ友同士の社交ゼロだと、子どもの演目を真剣に観賞できます。上の娘の時はお喋りに夢中だったので、どんなだったかあまり覚えていません。

などなど。また気がついたことがあれば追加したいと思います。

グループから出されて、レジャーシートありの運動会、どうなるかしら?と、気の小さな私は色々心配していたのですが、単体でいても何も問題なく、寧ろ子どもの演技や競技をしっかり楽しめました。義理父母も伯父も駆けつけてくれて、いつも通りの賑やかな運動会となり、娘の小学校運動会同様楽しく満喫できたように思います。

それと、ちょっと驚いた事がひとつ。私は霊感はないのですが、時々正夢を見る事があります。

運動会の前日、ミドル全員でお揃いで着ようと有志の方が作ったオレンジTシャツを着用しようかどうしようか、ちょっと悩みました。一応購入はしたのですが、これは所謂、お母さん同士の「仲良しごっこ」というプレイ用の衣装です。

以前所属していたグループを外され、それからBUDDY豊洲内でも浮いた存在となっているこの私、仲良しごっこは辛いものがあります。着てもいいものかしら?と。

「森生さん、買ったのね」
「あら、着てるわ」
「仲間に入りたいのかしら」

などと思われないかしら。悩んだ末、やっぱり着ませんでした。運動会会場では、半数以上のご父兄の方や先生も着用されていました。なんだか花壇の金盞花みたい、群れていると鮮やかで目を引かれます。

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そんな事を考えていると、あちらからOさんがひとりで歩いてきました。なんだか元気がなさそうです。すれ違い様「おつかれさま」と、声をかけました。「あ、こんにちは」と、普通にお返事が返ってきました。Oさんは私が外されたグループのひとりなのですが、普通に挨拶もお話もしてくれます。

ふと見るとオレンジTシャツを着ていません。あら?どうしたのかしら?心配になりました。このTシャツを作ったグループのひとりのKさんとはすごく仲がいい筈で、Tシャツを購入していないとは思えなかったからです。

「Tシャツ着ないの?」と聞くと、実は・・・という感じで、「今月でBUDDY辞めるのよ」と言いました。「えっ・・・そうなの?」

「だからTシャツ買わなかったの」
「もう着ることもないから」
「必要ないから」

そう続くのでしょうか。

私はなんと言っていいかわからず、困った挙句「私は買ったけど着ないわ。ダサいもの」と明るく返事しました。今日Tシャツ着ていなくてよかったと、ちょっと思いました。もし着てきたとしたら、仲間外れだけどTシャツを着ている私と、仲良しグループにいるのに仲良しTシャツを着ていないOさん、コントラストが強すぎて居たたまれない気持ちになったと思います。

「ダサい」というセリフが面白かったのか、Oさんはおどけた「えー?」っという顔を見せてくれた後、「ふふふ・・・」と笑って、「じゃ、ね」と離れてゆきました。

実は私、びっくりはしましたが、やっぱり、とも思いました。この光景を前日夢で見ていたのです。場所もシチュエーションもそっくり同じ。どうしてTシャツ着ないの?という私に、夢の中のOさんも同じように答えました。なので、Oさんが私の前にひとりで現れた時、映画監督が「スタート」とカチンコを鳴らし、映画のワンシーンが始まったように感じました。セリフは決まっていたのです。まさか、と思いました。でもやっぱり、夢の通りでした。

運命って、決まっているのでしょうか。

もうひとつ、運動会で印象に残っている事、それは「おばあちゃんの椅子事件」です。

足の悪い義理母のために、毎回毎回椅子を持参していたのですが、今回はトラック内は椅子、テントは禁止だからと強い撤去要請が何度もありました。新園長に理由を話して考慮して下さるようにお願いしたのですがダメでした。代わりにテント横に椅子が用意してあるのでそちらにどうぞという事なのですが、椅子にしか座れない足の悪い義理母、お昼や観覧しない時や、そこまでの移動はどうしよう、本当に困りました。

でも、これも私が要領が悪いというのか、馬鹿正直というのか、運動会が始まってみれば椅子など園としてはどうでもよいようで、たくさんの方が堂々と椅子に座って観戦してみえました。中にはキャンプ用のベンチを持ち込み並んで座っているグループの方も。正々堂々と交渉した私は馬鹿みたいでした。結局我が家の椅子は撤去しました。

義理の母にもすごく愚痴ったのですが、どうも我が家というか、私は目をつけられ易いというのか、こういう時に一番に注意されます、しかもしつこく。ルール違反と言われればそれまでなのですが、見せしめに吊るしあげられるというのは気持ちのよいものではありません。

そういえば以前、グループでプール見学の後ランチをしていた時、新園長が通りかかったので私は挨拶をしたのですが、一緒にランチをしていた方々が「森生さんといると新園長さんから目をかけてもらえそう」などと言っていた事がありました。

私は正直に「目をつけられるの間違いよ」と言ったのですが、「またまた、ご謙遜」みたいな感じで取り合って貰えませんでした。でも、いつもこんな調子で、目を掛けられるというより、目をつけられているとしか思えません。それが証拠に、私が何か改善要望を出すと即座に却下されます。

前出のKさんは、目を掛けて貰えるお母さんをみつけて新しいグループを作ったみたいです。もし私が学年お揃いのTシャツを作りたいなどと園長に申し出たとしたら、即座に様々な理由で却下されると思います。園長も、やはり人間。表に出さないにせよ、好き嫌いはあっても仕方ないですし、そういう目に見えないネットワークに反応されているのでしょう。声の大きな強い人には、園の長としても逆らわない方が身のためなのです。

義理の母が朝早くから作ってくれたという大量のお弁当、最近小食な私ですが、頑張って夫よりたくさん食べました。夫の家族はお喋りが好きな人たちばかり、集まると全員が一斉に話だし主張しだし、ハチの巣をつついたようになります。色々とお騒がせして申し訳ありません。色々な意味で台風一家なのかもしれません。

それでも今回の事で一番思ったのは、やはり椅子の事。義理の母に、

「もう本当に失礼しちゃうのよ」
「いつも私ばっかり注意されるの」
「ほらっ、あの人。あのもっさりした人が新しい園長先生」

などと子どものように言いつけてしまいましたが、義理母はそんな事はどうでもいいとばかりに始終ご機嫌でした。私もそのうち、椅子の事など忘れてしまいました。

そんなこんな色々ありましたが、義理の両親が子ども達の成長を本当に喜び楽しんでくれたようで、これだけで大満足な一日となりました。「また来年も見られるかしら?」病気がちな義理母はいつもそんな風に言います。私はこれを聞くと悲しくなってしまうのです。「そんな事言わないでね」これは夢ではありませんが、毎回同じセリフの繰り返しなのです。

先生方、準備お疲れ様でした。そして子ども達の指導ありがとうございました。園児の運動会とは思えないクオリティの高さ、スケールの大きさ、BUDDYの醍醐味です。こんな素敵な体験をこんな小さなうちから出来るなんて、きっと将来大きく羽ばたくための礎になると思います。

BUDDYの先生達は働き者というか、熱く素敵な先生ばかり。なので安心して子どもをBUDDYに預けられます。本当にいつもありがとうございます

でも、やっぱり言いたいのは、

「園長先生、椅子出してみている人たくさんいましたよ!」

小説「キャナリーゼの憂鬱」第一章

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豊洲の空

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

もう以前から覚悟はしていたのですが、マンションの部屋の窓から見える風景が、だんだん狭くなってきました。窓枠のサイズは勿論変わっていませんが、見える風景の空が狭くなってきています。

入居当時は広々として、遠くお台場の観覧車やレインボーブリッジなど観えたのですが、その数年後大規模マンションがそちら方面に建ち、今度は真正面に中規模のマンションが建設中です。もう周りは住宅建設ばかりで、風景がみえなくなるのは時間の問題です。

東京には空がないといわれているのは、この事なんだなあと実感しました。空とは、風景ですね。真上を見上げれば青い空も明るい太陽も月も星も見えます。でも周りがどうなっているのか、遠くの景色で感じる事は出来なくなってしまいます。

まるで豊洲内のコミュニティのようだなと思いました。近い距離はみることが出来ますが、遠い距離の事はわかりません。近くのママ友さんばかりと群れていて、それ以外は全くの無関心。自分に関係ない人、関係ないと判断した人、関係を断ち切ったと判断した人達に対しては、何もないと同じように振舞い、存在すら否定しているかのようです。

風刺的な意味はおいておいて、低層階マンションの豊洲の空は、現実なくなりつつあります。それで豊洲はタワーマンションが人気なのかもしれませんね。遠く離れた景色まで見渡せますし、下界を見下ろす事もできます。気持ち良さそうです。

私は独身の頃、タワーマンションに住んでいました。窓から下を見下ろせば地面は遥かかなた、奈落を覗き込むように感じていました。でも怖いなんて思ったことはなく、普通にベランダに出て夕涼みをしたり、友達が来ればそこでお茶などしたりしていました。

でも今は、タワーマンションってちょと怖いです。まず、パニック障害は平癒しつつありますが、高所、閉所が苦手になってしまいました。恐怖とまではいかないのですが、もやもやっとした嫌な気持ちになります。それと自分が住む事を考えると、色々不安です。

タワーマンションは玄関がひとつしかありませんよね。勿論エレベーターも数台あるでしょうし、玄関は広々として窮屈さを感じないとは思いますが、見渡せるということは、会いたくない人に遭遇する確率も高い、という事ではないでしょうか。

豊洲の空を求めてタワーマンションに引っ越すと、天体を見たり景色を楽しむ余裕がなくなり、別な意味で空がみえないということに私はなりそうです。そうしたものを楽しむのは、五感ではなく六感、心ですから。

桐野夏生さんの、ハピネスは、豊洲のタワーマンションが舞台だと言われています。建ったばかりのタワーマンション、ニューファミリーの坩堝、ママ友さん達のカオス、いい事楽しい事もたくさんありそうだけれど、やっぱりトラブルが多いのよ。ほらね?こんな事あんな事、あなたの近くにもあるでしょう。という小説です。そうした舞台になり易いと思われたのでしょう。

それからどこかのコラムかニュースで、タワーマンションの住人は、長い時間をかけてエレベーターで降りるのが面倒で、外出を避けるようになり、それで引きこもりがちになる、と読んだ事があります。これは一見成る程と思いますが、ちょっと違うのではないでしょうか。

高層マンションのひとつしかない、しかし巨大な玄関。会いたくない人に遭遇する確率が高いので、部屋を出る気がおきない。

という事ではないでしょうか。

私は独身時代に一人で住んでいたタワーマンションで、会いたくない人など誰もいませんでした。昼間は働いていましたし、共通の繋がりのある人もいませんでした。時々顔見知りになった近隣の方に遭遇すると、挨拶くらいはしていましたね、そういえば。希薄なものでした。

豊洲は、子どもで繋がった人々、ママ友達の坩堝です。子どもって本当に厄介な存在です。自分より大切で幸せになって貰わないと困る存在、そんなもので繋がった人々、神経を使わない筈がありません。

そして、コミュニティ内に存在し続ける事が、豊洲で生き残るための唯一の方法だとしたら、あらゆる手段を使って家族を、子どもを守り続けるために、それらが円滑に行われるよう努力するでしょう。

豊洲のあちこちに建設中の新築一斉入居のマンションは、そんな母親を作りだす、ハイスペックで巨大なママ友製造マシンなのです。

そんなタワーマンション、そんなに嫌かと言われれば、結局は住んでみたいです

まず、「豊洲のタワーマンションに住んでいる」というのは、東京オリンピック招致決定も相まって、今一番ホットでトレンディ、単純にカッコいいです。テレビやネットで話題沸騰中の「SKYZ(スカイズ)」など、360度窓が広がる造りになっていて、購入する部屋によって、東京湾花火、スカイツリー、隅田川などなど、東京各地の風景が楽しめるそうです。

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何より羨ましいのは、展望台に天体望遠鏡を設置する予定があるそう。豪華なゲストルームやパーティルームのために管理費が高くなるのは嬉しくないのですが、天体望遠鏡は別です。折に触れ、星を観測し、時にはセミナーやイベントが開催されるそう。宇宙飛行士や、ノーベル賞を受賞するような天文学者が、豊洲から世に出るかもしれませんね。

でも、ここんなにママ友で溢れ返るここ豊洲で、ママ友ゼロなくらいコミュニケーションスキルの低い私、新しいマンションの方と仲良くなる自信はありません。ママ友繋がりを頼ってこうしたイベントや天体観測をさせてもらう、というのも非常に難しいと思います。子どもが噂を聞いてきて、「 ママ、僕も星観に行きたい。SやKはいつも行ってるみたいだゼ」なんて言われたら、どう返事したらいいかしら?

妄想ではなく、今現在も色々こんな事を下の息子も言うようになりました。キャナリーゼでい続ける事は、私にとって憂鬱な事の方が多いのです

それならばいっそと、現在居住している空のなくなりそうなマンションを手放し、新しいタワーマンションにお引っ越しようかしら?でも、タワーマンションのエントランス問題が待っていそうですし、また一からママ友付き合いを始めたとしても、また同じように疎外され、やっぱり駄目だったわという落胆しか待っていない気がします。色々ともやもやしてしまいます。

まずその前に、お金がないのでしたくでも出来ないのですが

空がなくなりそうな窓の景色が悲しくて、一昨日レースのカーテンをちょっと遮光の強いものに変えてみました。景色はぼんやりとしか見えませんが、光はちゃんと入ってきます。ラナンキュラスの模様もいい雰囲気で、とても気にいりました。豊洲の空問題も、いったんはこれで解決ということにしましょう。マンションを変えるのは大変ですが、カーテンなら気軽に変えられます。

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高村光太郎さん作の智恵子抄で、「東京には空がない」と智恵子さんがつぶやいたとありますが、豊洲にいらしたらどんなことを思ったかしら?ちょっと聞いてみたい気がします。

休日朝の豊洲

おはようございます。キャナリーゼの森生ゆり子です。

今朝はららぽーと豊洲で、毎日曜日開催される、太極拳の集まりに参加してきました。 前から存在はネットでみていて気になっていたのですが、豊洲ではない友達が「楽しいわよ、心が落ちつく」というので、今日は思い切って行ってきました。

気持ちが落ち着くものなら、なんでもしたい。藁にも縋るという感じです。

ちょっと遅れて到着してみると30人くらいの方がセンターポート付近で優雅な動きをされています。 人が集まっているのを見るとドキッとして気持ちが暗くなってしまう最近の私。やっぱり帰ろうかな… それでも近くに行くと、どうやらちょっとだけご年配の方ばかりのよう、ママらしき方はいないようです。正確には、小さな子どもがいるような若いお母さん、キャナリーゼはいないみたいです。

それに勇気付けられて、参加してみました。ゆっくり動くのって、意外に大変、呼吸のタイミングも。でもほぼ全員の方がとてもお上手、先生を見ないでやっています。 後で先生に聞いたところ、もう6年も開催されているそう、ららクラブでも講師をされているそうです。生徒さんも当初からされている方は、お上手なのでしょう。

休みの日、早朝の豊洲は、キャナリーゼをみかけません。人がまばらで、すごく広く感じます。ランニングされている方は多いですね。豊洲はランニングコースに丁度いいスポットや通りがたくさんあります。私もまた走ってみようかしら。

朝の豊洲
体を動かすのが割と好きな私は、一昨年くらいまではシエルタワーで開催されていた、赤ちゃん子ども連れOKのヨガ教室に時々通っていました。その先生が妊娠されたのをきっかけに教室をやめられてしまいまい、再開される様子もありません。

代わりに、娘の同級生のお母さんが、マンションのパーティルームで開催されているヨガ教室が、最近は大盛況だそうです。でも、私はその方に何度もお会いしていますが、誘われたことは一度もありませんし、最近は挨拶もまともにして貰えない状態です。

以前その方とは、共通の知り合いやママ友さんがいましたので、会えば普通に挨拶、立ち話をしたり、その方の職業柄ちょっとした相談をしたりもしていました。ヨガに興味があるというので、私の通っている教室の話をしたり。なので私がヨガが好きというのはご存知なのです。 でも、この方もいつの間にか、「怖い顔の人」になりました。

特にトラブルがあった訳でもなく、失敗した覚えもありません。なにがあったのでしょうか? 思いつくのは、この方のマンションの部屋は、かつて私をイジメ抜いたボスママさんの部屋の近くです。BUDDYのスクールバス停付近で、このボスママさんが、熱心にこの方に声をかけたり、家にお誘いしていたりするのを何度もみかけました。仲良くなられたのでしょう。

ちなみに、このヨガ教室主宰の方は、BUDDYの方ではありません。共通のママ友さんは都内の別の地区に引っ越されてしまいました。

どうもこの豊洲というか、ママ友コミュニティというのは、私の想像の範疇を軽々と超える事が起こっているようで、女の園で揉まれた経験のない私は、女の人のというより「女性の群集心理」がよくわからないのです。

私なら仲良くなった人から誰かのよくない噂を聞いたとしても、そうなのね、と思うだけで、相手の意見も聞いてみないとわからないわと判断します。ましてや何もかも鵜呑みにして、自分が何かされたでもない相手をいきなり無視したり、排除したりはしないと思います。 逆にそんな告げ口をした方を軽くみてしまうと思います。私のこうした考え、直した方がいいのでしょうか?でも今更思考回路は変更出来ないと思いますし、そんな人にはなりたくありません。

一体どうやったら、女性のコミュニティ内で、そうした人の気持ちを操るようなトリッキーな事が出来るのかしら。女子校、女性の多い職場、そんなところに一度は身を置いて、揉まれてみればわかるのかもしれませんね。

このボスママさんの息のかかっていないお母さんは、この豊洲にいないでしょう。下の息子のかつてのグループで仲のよかったKさん同様、豊洲のママでこの人を知らない人はいないんじゃないかというくらい顔の広い方です。 なんの因果か、上の娘の時も、下の息子の時も、こういう堅牢で巨大なネットワークの大きなハブとなる方に疎まれ嫌われ、ここ豊洲で非常に不安定な立場となっています。

昔ながらの言い方でいえば「村八分」ですね。そんな状況です。

そして、誰も話す人がいないので、こうしてブログさんに話しを聞いてもらっています。でも、豊洲のお母さん達には見て欲しくないです。他の地域のお母さんならいいかなと思いますが、豊洲と繋がりのある人には知られたくないです。知られたらまたどんな噂になるか、何を言われるか、どんな酷いめに遭うか。考えただけで恐ろしいです。

それなら誰に読んで貰いたいのか。それは私にもわかりません。目に見えぬなにかというか、私を守ってくてれいる存在というか、なんでしょう? 今、豊洲の街もハロウィン色になりつつあります。古今東西、こうした目にみえぬ存在を畏怖し、信仰し、お祭りがありました。ハロウィンもクリスマス同様、イベントではなく信仰からのお祭りなんですよね。

私は目に見えぬなにかという存在、割と信じるようになりました。あまりにもタイミング良く何かに助けられる事が、母親となってから色々あったからです。 そのあたりはまた別の機会にお話ししたいと思います。

ところで、ブログのデザインをハロウィン仕様にしたのに気付いて頂けましたでしょうか。アクセスカウンターもつけてみたら、昨日は777でした。ラッキーセブン、なにかいい事あるでしょうか?書きっぱなしで設定等後回しだったのですが、やっと、色々、出来ました。

このブログ、友達からは「長くて読みにくい」「もっと簡潔に」「漢字違うよ」などと不評なのですが、適当に端折って、漢字も雰囲気で読んで下さればと思います。これからもよろしくお願いします。

ママ友やめました2

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

昨日思いがけず寒かったせいか、娘と私、昨晩40度近く熱を出してしまいました。悪夢にうなされて眠ったものの、早く床に就いたのが幸いしたのか、今朝はすっかり熱は下がっていました。それでも体力はかなり消耗したようで、私はなかなか起きられませんでした。

娘は若いですね、今朝も普通に起きて朝食を食べ、溌剌と学校に出かけてゆきました。げんきっずは嫌がってなかなかいってくれませんが学校は大好きだそうで、今まで「休みたい」と言った事はありません。ありがたいなと思っています。

さて、あれこれと横道に逸れましたが、今日は私がグループから外された経緯の続きを書いてみたいと思います。まずそもそも、なぜ私がこのグループに属していたかお話したいと思います。

BUDDYスポーツ幼児園は、入園式ではなく、「入園説明会」から始まります。入園が決まった父兄、ほとんどは母親なのですが、園に集めて説明会が行われます。ここがどういう所なのか、説明、注意、要望など。質疑応答の時間も設けられます。

この説明会が終わって、やれやれと出口に向かう私にひとりのお母さんがニコニコと話しかけてきました。今は私に会うといやな顔をして挨拶もしてくれないMさんです。最近はそれもなくなり、私を見ないようになりました。嫌な顔をするのも疲れてしまったのかもしれません。

「Fさんの友達だよね、私Fさんと同じマンションなのよ」と。Fさんというのは保健所で知り合い会えば立ち話をする方で、正確には友達ではないのですが。「お知り合いなんですか?」「私もたまに遊んだりするの」

そんな感じで会話が続き、「今からランチするんだけど、一緒に行かない?」とお誘い頂きました。「え、いいんですか?」

知り合いはいるにはいますが、上のお姉ちゃんのママ友付き合いで失敗ばかりだった私は、知ってる人イコールあまり会たくない人ばかり。こうした新規の方からのお誘いは、ありがたく嬉しいものでした。

BUDDY園舎の隣のCAFE;HAUSがランチの場所でした。行ってみると、私を含めて6人の方が席につきました。私だけでなく、どうやら全員「はじめまして」の方ばかりのようです。

「じゃあ、ひとりずつ自己紹介しましょうよ」後のボスママさん、Hさんが言いました。「えっ、ちょっと緊張しちゃう」と言いながら皆さん嬉しそうです。自己紹介でわかったのですが、上の子どもがBUDDYに通っているのは私だけでした。

「じゃあ、森生さんにこれから色々聞いちゃおう」「そうね、頼もしいわ」「よろしくお願いします」皆さんニコニコと口々に言いました。自信はなかったのですが、誰かのお役に立てるというのは嬉しいものです。「なにかあったら聞いて下さいね」と返事しました。

お話が和やかに進む中、ひとりのお母さんが「私、そろそろ・・・」と言いました。そこで後のボスママHさんが続けてこう言いました。「じゃあお開きにしましょうか。それから、せっかく今日楽しかったんだから、これから何かあったらこのグループで行動する事にしない?」

「ママ友グループってこうやって出来るんだ」と感心しました。今までママ友グループにきちんと属した事のない私ですが、心配も何もなく、なんだか楽しそうだわと思いました。幼児園での数々の行事も代休もクリスマスなどの季節行事も、誰を誘おうか、誘って貰えるかしらという心配もなく、何かとこのグループで集まればいいんだわ、と。

今までお姉ちゃんの時は、最初はよくてもだんだんと疎外される、そんな辛酸ばかりの日々でした。そんなものと決別して、なんの苦労もない園生活、ママ友ライフが始まるのだと。

「わー賛成」
「よろしくお願いします」
「色々教えてね」
「こちらこそ」

ものすごい和やかな雰囲気でグループが発起されました。メールアドレスを交換し合ったところで、前出のHさんが続けて言いました。

「みんな、下の名前で呼び合わない?私の事は、Yちゃんと呼んでね」と。

これにはちょっと賛成しかねました。私は変なポリシーがあり、お母さん同士で「ちゃん」付けで呼ぶのは、今までもずっと避けてきました。「ゆりちゃんて呼んでいい?」そんなママ友さんの問いかけにも、「ごめんね、私は名字で呼ばれるのがいいの」勿論そう言った途端、深い溝が出来たのは言うまでもありませんが。

それでもそのポリシーは貫いてきました。うまく説明出来ないのですが、お母さん同士のけじめというか、あくまでも私は子どもの付き添いなのというアピールというか、そんな風に思っていました。

でも、ここでは了承しました。もう上の娘の時のような、よく知らない人にまで訳のわからぬ悪意をぶつけられる、というのは嫌でしたし、そうならないためにはある程度の事には目を瞑ろう。こうした集まりのひととき、何かあっても言葉を飲み込み、グループの総意に添って行動しよう、と。

最初はこう考えていた筈で、それに伴い行動や発言にも割と気を使ってきました。これで十分と思っていましたが、努力が足りなかったようです。

ほんの少しの綻びから大きな堤防が決壊するように、私の最初で最後のママ友グループ活動は、2年弱で突然終わりを迎える事になったのです。

To be contonued in my next number.

都民の日

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

今日はブログはお休みにして小説を書こうと思っていたのですが、書いてみたい事ができましたので小説はまたお休みです。すっかり更新が遅延している「キャナリーゼの憂鬱」、もうしばらくお待ち頂きたいと思います。

今日は都民の日で小学校はお休み。息子の通うBUDDY幼児園は、どこからも認可を受けていないせいかお休みではありません。なので、運動会代休の昨日に引き続き、日中は娘とふたりです。

今日はどうしようか迷ったのですが、二日も家に籠っているのはちょっと鬱になりそう、お出かけする事にしました。かといって、都民の日の施設無料開放や、年パスを買ってしまったレゴランドは、娘の同級生がたくさんいると思います。私はいいのですが、お友達やお友達のママが大勢連れ立て楽しそうにしているところに遭遇するのは気の毒、思いあぐねて豊洲図書館へ行く事にしました。

図書館でしたらお話は禁止ですので、ママ友グループが円陣になり話はできませんし、一緒に連れ立っていらしていたとしても、用が済めばすぐ行ってしまうでしょう。私は調べたかった資料を探したり雑誌を読む、娘は夫が取り寄せてやらせている塾の通信教育の教材をさせたり、本に親しんだりするいい機会だと思いました。

ところが図書館に着くと、娘より上の学年の女の子達が、子ども用の大きなテーブルで勉強をしていました。全く知らない子たちなのに、「私はひとり」と思われるのが嫌なのでしょうか、娘が「なんか暑い」と愚図りだしました。娘は愚図りだすと、ずっと愚図ります。もう何をしても何を言っても。

それでどこか違う場所はないかと考えて、マクドナルドに行く事にしました。ちょっと甘いものでも食べさせて、それから図書館に戻ればいいかなと。図書館とマックは徒歩3分くらいの距離です。ところが今度は、「なんか変な匂いがする、気持わるい…」と言い出しました。

愚図りだすと、何もかもが気に入らない。女の子って、そういうところありますよね。パッと爆発して、さっと気持が治まる男の子と大違いです。

もう駄目だと思った私は、娘に「豊洲げんきっず」に行くように言いました。ここならお友達もたくさんいますし、一緒に宿題をしたり、遊んだりすればいいと。すると娘は感情を爆発させてこう言いました。

「いやだ、絶対行きたくない!だって私と遊んでくれる子なんていないんだもん!!」

「どうして?みんな誰と遊ぶの?」

「そんな事こっちが聞きたいよ。みんな私以外の子と遊んで、私とは遊ばないんだもん」

そんな事になっていたなんて。。。胸が真っ黒なもので塞がれたような気がしました。頭をハンマーでがーンと叩かれたような、目の前も真っ暗になりました。しょんぼりと佇む娘をぎゅっと抱いて、「ごめん、ママのせいで。ごめんね」と言って一緒に泣きたい気持ちになりましたが、それはしませんでした。

一緒に泣いたり謝ったりしたら、娘が「可哀そうな子ども」になってしまう。以前、児童心理士の方にお話を伺った事があるのですが、「親のせいで子どもが可哀そうな目に遭っている」という事は決してなく、「ママのせいでごめんね」とは言わないでねと。

何かそういう事が起こったら、解決策を一緒に探すとか、体験を話して聞かせるとかがいいそうなのです。

でも、以前から繰り返している通り、ここ豊洲でママ友コミュニティから悉く仲間外れというか、疎遠にされているというか、挨拶すらして貰えない状態の私、誰かに「娘ちゃんと遊んでくれませんか」とお願いする相手がひとりもいませんので、解決策を探すのは無理です。

イコール、小学二年生の娘は、豊洲でいうところのママ友の正常なコミュニケーションからはぐれた私の娘として扱われ、誰からも遊んで貰えていないようなのです。そうじゃないかなと予想はしていましたが。

娘はこうも言いました。

「みんな代休だと友達と遊園地に行ったり、ららぽーとでお昼食べたりするのに、なんで家はないの?」と。

もうやめてやめて。と、耳を塞ぎたいような気持ちでした。わーっと叫んでその場にしゃがみ込みたい。でもそれもしませんでした。その代わりにこう言いました。

「あのね、ママはママ友達が豊洲に誰もいないの、だから一緒にどこかに行く事もないし、子どもを連れてご飯に行ったりしないの。したくないんじゃなくて、出来ないのね。だから、代休もそうなのよ」と。

「だから、ごめんね」という言葉はぐっと呑み込みました。

娘はちょっと目を見開き、「えーじゃあママの子どもの頃は?誰かと遊びに行かなかったの?」と聞いてきました。

「ママはお母さんと誰かお友達と一緒に遊びに行ったこと、一度もなかったわよ」というと、「嘘!一回くらいあるでしょう?」というので、「うーん、幼稚園の遠足は一緒に行った事はあるかな。ほら、あなたもセミジュニアさんの時にママ達と遠足いったじゃない」というと、何か考え込むように黙ってしまいました。

「ママは小学校で特定のお友達っていなかったわ、そういえば。代休は家の前の広場に行けば、たいてい誰かいたから一緒に遊んだし、小学生ってみんなそんな感じだったわよ。適当に遊んでいたの」それから、

「豊洲の小学生は大変ね」

と、明るい声で言いました。

豊洲の小学校、下の息子の通うBUDDYスポーツ幼児園もそうですが、お母さん達のお付き合いが本当に密で限定された方としかお付き合いしないという傾向にあるように思います。グループはいったん組まれたらなかなか離れられませんし、離れる時は仲間外れになる時です。

このブログで書いた、豊洲中に顔のきくKさんや、同じマンションに住む上の娘時代のボスママさんなどは「広く深く」お付き合いするのが本当に上手でこれに准じませんが、大抵のお母さんはいつも同じ方と「狭く深く」くっついているように思います。

「浅く広く」ご近所付き合いをして、お互い干渉しない、そして愛情のある無関心で地域の子どもを見守る。

私が子どもの頃ご近所は、そんなコミュニティだったように思います。お母さん同士がお茶したりランチをしたり、あまり聞いた事がありません。それとも昔から、お店も行く場所も多義に渡り、専業主婦の坩堝のような地域ではこうした悩みを持つ方もいらしたのでしょうか。

豊洲の小学生も大変ですが、豊洲のお母さんはもっと大変なのです。

「豊洲の小学生は大変」という言葉に、自分だけではないと納得したのか、娘はすっかり機嫌を直しました。それでもげんきっずにはやっぱり行きたくないと言います。でも家に帰れば、最近夢中になっている「動物の森」をするか、録画してある子ども番組を観るか、それと同時にお菓子やジュースを食べ、飲み放題でしょう。止めても目を盗んでするでしょうし、私もずっと子どもを見張り続ける事はできません。

ならばと、交換条件を出しました。

「ママはこれからちょっとやりたい事があるから、別行動でいい?娘ちゃんは11時に予約した耳鼻科に行ってください。それからマックでお昼を食べて、図書館で一緒に勉強して、16時になったら息子ちゃんをお迎えに行く。それでいいならげんきっずなしでいいわよ」

立ったままボールペンでメモを書いて渡すと、「なんだ、これだけでいいの?OK」と嬉しそうでした。私は逆に「そんなにげんきっず嫌なんだ…」とブルーになりましたが。

「じゃあ後でね」と言うと、「はーい!」と元気に耳鼻科に向かいました。

今、娘と離れてこのブログを書いていますが、やはり悲しい気持ちでいます。もう代休とか都民の日なんて、なくなってしまえばいいのに。

でも、ずっとわかっていたのに目をつぶっていた、「ママ友コミュニケーションが上手くいかないせいで、娘のスクールカーストに影響が出ている」という事実、なかなか娘に伝える機会もありませんでしたし、うまく話す自信もありませんでしたが、今日は娘に話せてよかった、ほっとしました。きちんと伝わったかどうかはわかりませんが、何もない振りをし続けて小学校生活が終わるよりはずっとマシかなと思います。

でも、やはり豊洲のコミュニティの主役は子どもたちで、自分の子どもに多大なる迷惑をかけているという事実を目の前に突きつけられるということは、心がささくれだつというのか、壊れそうというのか、消えていなくなりたいと思うのに十分な破壊力でしたので、もうしばらく落ち込むかもしれません。

それでも、「豊洲にずっと残って最後まで見届けたい」という気持ちに変わりはありません。強いというのとは違うと思います。達観というのとも、寂しくないと言えば嘘になりますし、なんでしょうね。もうどこにも逃げ場はありませんし、どこに行ってもきっと同じです、きっと。豊洲程ではないにしても。

それとこうして自分がこの地域で悉くママ友付き合いに失敗し、地域からつま弾きになり、辛酸を舐めている事実を赤裸々にブログに書き綴っているという事。チラシの裏にでも書けばいいのに、世界に発信です。大丈夫なのでしょうか…

今ブログを書いているのは豊洲マクドナルド、再び戻ってきました。周りを見渡すと、ご近所の子どもを連れたママ達のグループの他に、小学生だけのグループもいくつか席を陣取っていて、ものすごく姦しい空間になっています。未来のママ友予備軍ですね。

どうか娘が今ここに来ませんように。

豊洲の小学校運動会

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。


今日は、娘が小学校運動会の代休で家にいます。行くところも予定も誰からもお誘いもないので、娘には家のお手伝いをして貰いました。色々出来るよになって、もうすっかりお姉さんです。


さて本日は、先日行われた豊洲の小学校運動会について書いてみたいと思います。


当日は、いつもの時間に子どもを起こし朝食を食べさせ、お弁当と水筒を持たせて送り出しました。豊洲の小学校の運動会は、親のお弁当は必要ありません。子どもと一緒にお昼を食べないからです。なのでレジャーシートもいりません。


一昔前の小学校の運動会といえば、朝早くから子どもの好物を作り果物もお菓子もジュースもたっぷり持ち、朝早くから場所取りのためレジャーシートを敷きに行ったり、その上で運動会を観覧し、お昼は子供たちと昼食を食べ、周りのお友達にお菓子を配り、近くにいらっしゃるご近所の方々との交流の場。そんな感じだったと思います。少なくとも地方出身な私の小学生の頃はそうでした。


でも今はというか、豊洲だけなのか、東京がそうなのか、子どもは子どもで教室で持参したお弁当を食べます。親は昼食の時間は学校から全員出され、各自で食べることになっています。お昼の時間中校門は施錠され、運動会再開時刻にまた開門されます。それどころか、親の観覧スペースと子どもの待機場所はきっちり隔離され、運動会の間中、子どものそばに行くことは出来ないのです。


現在、豊洲に小学校は二校あり、もう一校の豊洲北小学校も同じシステムのようです。違いは、豊洲小学校は秋、豊洲北小学校は春、運動会が開催される事でしょうか。25年度に新しく開校される西小学校はどうなるかしら?


豊洲はまだまだ広大な空き地やスペースがあり、今も隙間を埋めるようにマンション始め、新しいビルが建築されているくらいですので、小学校の校庭もけして狭い訳ではなく、ごく一般的な広さだと思います。


ただ、子どもの数が激増し、それに比例して校庭を広くする訳にはいないようで、だんだん手狭になっているのが現状です。全校生徒の家族分レジャーシートを敷くスペースはなく、上記のようなシステムを採用する、という事のようです。


観覧する際、立ち見でも全校生徒の親の分のスペールはありませんので、グラウンドで演目が始まると該当する学年の父兄が交代で観覧スペースの前方に出る、ということになっています。携帯必須の「観覧カード」が学年別に色分けされていて、前列を陣取るのは今はこの学年と一目瞭然でわかるようになっています。

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豊洲の方はマナーは良い方ばかりですので、そのあたり非常にスムーズに交代されていました。場所を何度も譲って頂きましたし、失くしたプログラムもすぐにまた入手出来ました。見知らぬご父兄の方と小学校や豊洲の四方山話をしたり、リレーの順番を教えて頂いたりと、始終和やかなムードでした。


こうした運動会のシステムは、折角の運動会なのに子どもと一緒にお弁当も食べられないなんて、と、味気なく思われる方もみえるかもしれませんが、私はこうした豊洲事情が本当にありがたいものだと思っています。


「小学校が始まったら、運動会のお昼はどうしよう」と、娘が新砂バディに通っている頃からの私の悩みでした。バディでは毎年たまたま誰かしかお話出来る方が近くにいらっしゃり、夫の両親も駆けつけたりで、それなりに賑やかなお昼だったと記憶しています。でも小学校になったら、なんとなくですが、今度こそ「豊洲のコミュニティ」内での社交が始まり、それに準じて誰かとグループを作る必要が出てくるのではないかと。


運動会でご近所の方々が様々なグループを作り、一緒に場所取りをしてお昼を楽しむ中で、うちだけぽつんと家族だけで私の作ったお弁当を囲む。親はいいのですが、子ども同士でのお菓子交換、おかずの取り換えっこ、賑やかな嬌声、追いかけっこ。そういう楽しげな様子を横目で見ている娘、それを見て心がささくれ立つ私、それを見てほくそ笑むボスママさん。色々想像して暗い気持になっていました。


でも、いざ小学校に娘が入学してみると、運動会は都会的でさっぱりしたシステムで運営されていました。いつからこうなっていたのでしょうか?ともかく運動会はママ友付き合いの心配は何もなく、親は純粋に子どもの競技を楽しめばいいだけなのです。

きっと過去、私のような心配をした方もいらっしゃったと思いますし、実際このシステム採用前は、悲しい思いをした方もいらした筈です。
もし豊洲ではなく、少子化の煽りで子どもの数が減少しているような小学校に娘が通っていたら、こうした様々な理由で悩み、嫌な思いをした筈です。


「豊洲に住んでいて良かった」


運動会本当に楽しかったです、開会式から閉会式まで全部参観しました。
豊洲ならではの子どもの多さでママ友付き合いに疲弊していましたが、今回は、マンモス校ならではのシステムに助けられた形となりました。何が災いするか、幸いとなるか、本当にわからないものですね。


それから、全学年の演目を観覧して思ったのは、六年生の大人な事にびっくりしました。もう私と体格も変わりませんし、どこから見ても本当のお兄さんお姉さんばかり。娘も私がママ友なんかでアワアワしているうちに、いつの間にか大きくなってしまうのでしょうね。下の息子も。


育児は何度でもやり直しは出来るそうですが、子どもが小さな時代はきっとあっという間です。昔に戻りたい、もっと育児を楽しめば良かったと後悔しないように、今の子どもと向き合う時間を大切にしたい。


そんな事を、秋晴れの豊洲で思った一日でした。

今日は豊洲の良いところをこうしてご紹介でき、ほっとしています。いつも読んで下さりありがとうございます。

エネミーに遭遇したら

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

昨日は久しぶりに、上の娘の幼稚園時代のママ友さんとお茶してきました。子どもの学年は同じですが、子ども同士の交流は今はなくなってしまい、それでも私の友達というよりは、やはりママ友さんというジャンルでしょうか。上の娘の時もママ友関係では本当に悩んで苦労ばかりでしたが、そんな中で顔を見ればほっと出来る数少ない方でした。

上の娘が新砂バディを卒園してから、一年半、こうしてお茶するのは初めてです。園にいた時も一緒にお茶なんてした事あったかしら?それぞれの家でランチをした事がありました、そういえば。そんな方と、久しぶりに顔を見てほっとしたいのと、ちょっと聞きたい事があったので時間を作って頂きました。

短い時間ですが、子どもの事、家族の事、地域の話など、あっという間に時間が過ぎました。楽しい時間は本当にあっという間ですね。素敵なひとときでしたが、いったん豊洲の話を始めると、やはり色々愚痴が出てしまいました。まだまだ修行が足りません。

それと同時に、過去の辛い記憶も思い出され、帰ってからちょっと体調が悪くなりました。時間も経ち、原因となる方とはかなり距離も出来た筈なのに、ちょっとしたきっかけで、今ここにあるリアルな体験のように感じてしまい、「怖い」と思ってました。

もう、ここまでくると立派な「トラウマ」ですね。

いじめた方は都合よく忘れるのかもしれませんが、虐められた方は、こうして記憶にしっかり刻み込まれ、いつまでも苦しむようです。忘れる事は多分出来ないんじゃないでしょうか。でも、これも相手ばかりが悪いとも言えないと、今はほんの少しだけですが思えるようになりました。

そもそもそういう人を相手にした私が馬鹿というか、相手の言動にいちいち反応していた私も悪いのです。言い方は悪いですが、悪意は無視すればよかったのです。こんな事、小学生でも知っていて、ちゃんと対応出来る子はしている対処法です。私みたいにきちんと反応する人、さぞいじり甲斐があり、楽しかっただろうなと思います。

私も今でこそ、子どもにすら「突っかかって来るのは寂しいから、相手にして欲しいから。そういうのは無視しなさい。相手にしない事」などと偉そうに言っていますが、私自身がそれが出来ていませんでしたし、今また同じような状況になったら、どうでしょう。もしかしてまた出来ないかもしれません。

過去に自分を虐めた人に対して、もう相手にしないというのはそれ程難しくないかもしれません。でも、新しく知り合った人がエネミーだった場合、果たしてそれをきちんと認識し、正しい対応が出来るでしょうか。これは学習というより、その人の持つ気質、性格によるところが多いような気がします。

気の弱いお人よし、しかも学習能力のない人は、そういう人が存在しそうなところに「もう近寄らない」という対応しかないような気がしています。それはそれで、世界が狭くなるとか、新しい人と知り合うチャンスが減るという事にもなるかもしれませんが。どこに行ってもそういう人はいます、致し方ないような気がします。

それでもそういう人に遭遇してしまったら。

もう諦めるしかないと思います。勿論、言われっぱなし、やられっぱなしでいいと言っている訳ではないのですが、そういう人達は得てして意外と人間関係を構築することに非常に熱心ですし、かなり上手です。人にわからないようにイジメのターゲットだけにわかるやり方で嫌がらせをする、そんな事も苦もなくやってのけます。なので目を付けられたら、どうしようもないでしょうね。

同時に自分の体験から思ったのは、悪意もなにもない、よく言えば天然、悪く言えば空気が読めないような、ちょっとつつけばアワアワするような人に敵愾心を燃やすような人は、はっきり言って「」なんですよね。それと多分ですが、私に対して何かコンプレックスがあったのかもしれないなと今では思います。

そんなのその人の都合で、私がどうかした訳ではないですが、「子どもの同級生のお母さん」というだけで、どうも万事下手に出てしまうというのか、子どもを慮るが故の気持ちを逆手に取られるというのか、そいういう状況だったと思います。

こういう場合の対処法は、もうまず、とにかく離れる事ですね。物理的に無理なら、自分が忙しくて考えないようにするか、相手が忙しくなるのを待つか、それとも何もかもスルー作戦で乗り切る、または相手が諦めるまで耐える。時が過ぎれば状況もいつかは変わるのです。

それが証拠に、上の娘の時に、ものすごいパワフルさで長年私を虐めた抜いたボスママさんは、育休期間が終わり会社に復帰された途端、パタッと私に構わなくなりました。ただし、未だにその方及びその取り巻きの方からは、会えばいちいち怖い顔で無視され続けていますが、もうかれこれ5年くらいそんな状況ですので、もう慣れたというのか、「そういう顔つきの方々なんだ」と思い込むことで乗り切っています。

でも、そうじゃない事はよくわかっているのですが。

以前は道で会えば、笑顔で挨拶をして、「今ホットヨガから帰って来たのよ。汗びっしょりで最高」などと話してくれた方も、新砂バディのサマータイムで子どもを交代で車で送迎し合った方も、何かと子どもの集まりに呼んで下さった隣のマンションのボスママさんも、一度もその当人達とは揉めた記憶もこちらが何かした記憶がなくても、ある日を境に「怖い顔の人」になりました。根回しも非常にソツがないのが、ボスママさんです。

この方は今でも同じマンションにいらして、今でも影となり私を苦しめています。いつになったら本当にこの方の呪縛から開放されるのでしょう。もしかしたら死んであの世に行ったとしても、追いかけてくるのではいかと思うくらいです。

昨日お茶した上の娘のママ友さんともお話したのですが、こうした状況は「豊洲ならでは」で多発している事だと思いますが、どこの地域でもあることなんでしょうか。

豊洲は、新築マンションにニューファミリー達が一斉入居し、同じような時期に子供を一斉に生むという、日本どころか世界的にみても珍しい街じゃないでしょうか。ニューファミリーのほとんどは、地方出身の方ばかり。地元や頼りにしたい実家は遠いところにあります。

それで、豊洲のママ達は、寂しさや育児不安を埋めるために、母親同士の距離が密になり、結果トラブルも多くなる、とご近所の方が分析されていて、妙に納得しました。

なので、前出の私をいじめ抜いているボスママさんの取り巻きの方は、自分がボスママに睨まれたらこのマンションでは、広義で言えば「豊洲で生きてゆけない」という、原始的な恐怖、脅迫観念から、「ボスママが嫌いな私を一緒に嫌う」ことで、一体感を得たくてそうしているのではないかと思います。

誰かを排除して仲間はずれにしていれば、自分がそうなる事はありませんものね。スケープゴードもいいところで私としては非常に迷惑な話なのですが、こうしてママ友付き合いの苦労や、ボスママさんからの虐めに遭遇しなければ見えなかった、わからなかった事がたくさんありますので、全部悪い事ばかりではなかったと、、、思えるようになりたいと思っています。

勿論イジメられていい事なんて、何もありませんでしたけれどね。

まだまだ土地には余裕があり、あちこち隙間を埋めるように今も新しいマンションが建設されているここ豊洲は、今までがそうだったように、これからも、当然新しいマンションは「一斉入居」ということになります。また私のように、ママ友関係やボスママで悩み苦しむ人を生み出すのでしょうか。

今日は、昨日懐かしいママ友さんに聞いて貰った話をブログに綴ってみました。もう3年くらい前の事ですが、昨日の事のように色々思い出しました。忘れたくても忘れられません。本当に怖い人ってどこにでもいるんだなというのが実感です。

反して昨日お茶したママ友さんは、いい人もいるんだと思わせてくれる方です。バディでご一緒していた頃からそうですが、誰からも好かれ、どこに行っても人気者で、悪い話を聞いた事がありません。昨日お邪魔したバディの父兄の方がやっているお店でも、通りかかったバディの先生はじめ、お店の方、色々な方が嬉しそうにその方に話しかけてみえました。

多分、ママ友付き合いやご近所付き合いで、苦労や嫌な目に一度も遭った事ないと思います。そういう話を一切聞いた事がありませんし、見るからに人懐こい優しい雰囲気で、そういうものとは縁がなさそうです。

私はといえばそのお店のご主人に、「森生さん、嫌」などと、冗談かもしれませんがチラッと言われてしまい、またちょっと落ち込みました。お客さんで来ているのに、、、

以前そのお店でバディの同窓会があった時、酔っ払ってテンションがあがり過ぎてしまった事があり、まだ怒っていらしゃるのかしら。あれはパニック障害の薬を飲んでいる時で、クスリで記憶が飛んでしまったのですが、そんな事はちょっと申告出来ません。

話は飛びますが、向精神薬というのは、薬じゃなくて、クスリ、ドラッグです。あれから懲りて一切飲まないようにしていますが、当時は本当に訳がわからなくなり怖かったです。最近は季節のせいか、体調もいいですし、何より対処療法というのか、原因を排除する、近付かない事で病気も良くなっているのを実感します。

病気の原因がママ友で良かった。これが同居のお姑さんとか、会社の上司だったら排除も隔離も出来ない訳で。かといって、何もかも終わった訳ではないですし、子どもがまだ小さい現在、ママ友付き合いはうまく機能していないながらもまだまだ続きます。もう健康にだけ気をつけようと思います。ママ友付き合いは上手く対応する術が今は何もありませんし、諦めではないですが達観したつもりにならないとやっていけません。

寂しいですけれどもね。

今日もしんみりしてしまいました。秋だからでしょうか?

それでは今日はこの辺で。今日はあれこれと長くなってしまいました。最後まで読んで下さりありがとうございます。

新潮社R-18文学賞

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

夕べ早く寝すぎたせいか、今朝は早起きしてしまいました。三連休の最終日、もっとゆっくり眠れば良かったかなとちょっと損したような気持ちですが、「早起きは三文の徳」という諺があります、こうしてブログも書けますし、得したと思う事にします。

あと少ししたら家族が起きてくるでしょう。もうちょっと寝ていてくれればブログが完成したのに、小説も加筆出来たのに。ちょっと不満を漏らしつつ、キッチンに立てば料理に夢中になります。最近はやっと自分らしさが戻ってきて、我ながら単純な人だなと改めて思えるようになりました。

このブログを書く前に、小説「キャナリーゼの憂鬱」を加筆、修正しました。ブログに色々書き連ねた、「豊洲を紹介」という内容の一部を、小説にも追加してみたのです。もともとは、小説の補足というか、豊洲を紹介しながら私の小説もアピールしたいというつもりだったのですが、逆になってしまいました。

あれこれ足していたらかなりなボリュームとなり、ちょっと説明の箇所が多いかなと思いますが、またここから削っていく作業をしてみたいと思います。

村上春樹さんも、こんな作業を経て小説を完成させるそうです。思い切り書くだけ書いて、削ってまた足して寝かせてまた書いて。私は寝かせる作業が多すぎると思うのですが、ブログ他やりたい事、やってみたい事、やらなければならない事が多すぎて、ひとつの事に打ち込むという事がなかなか出来ません。

昔はこうした事がコンプレックスのひとつでした。

器用貧乏というのか、気が多いというのでしょうか、「どうしてもこれだけ頑張りたい」というものが決められません。もし本当に「私にはこれしかない」と思えるものがあれば、ママ友関係なんかでこんなに心患ったりしなかったと思います。

こうしてあれこれいじっていると、ご近所やママ友の人間関係など、鬱々としてどうしようもなくなってしまう事も、少しは軽減されるでしょうか。上の娘の幼稚園が始まった時に、もう何か子どもやママ友以外に気持ちを移すものがないと、色々な意味でもうやっていけないかもしれない。

そんな気持ちで、昔好きだった絵画も再開したのですが、あまり意味がありませんでした。描いていてもやはり胸の内を暗い雲が覆ってしまい・・・

下の弟のママ友関係で悩む現在、今度は、描くのではなく、書く事で気を紛らわしてみたいと思って始めてみました。こんな妄想の世界が「全て」になるのはちょっと困りますが、ひととき安らぎになれば…文字で頭の中がいっぱいになると、ひととき辛さから離れられるような気がします。

でも、気持ちを紛らわすってとても難しいですし、なかなか上手く行かないものですよね。

また話が逸れましたが、小説の話に戻りますね。

新潮社のR-18文学賞に投稿してみようかと考えており、こちら用に短編小説も書いています。今はどこの出版社もWeb掲載したものや二次投稿は受け付けて貰えませんので、こちらでの内容のご紹介は控えますが、楽しみにお待ち頂けたらと思います。

それと、小説ブログ共に、読んで下さる方が増えてきましたので改めてお伝えしたいのですが、ブログ、小説共に、掲載されたすべての内容につきましては、フィクションであり実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありませんので、お間違いのないようにお願いします。

新潮社R-18文学賞については、果報が参りましたらお知らせしたいと思いますが、初めて書ききった小説が賞に入るなんて事はある筈もなく、ほんの少しの期待と共に送り出してみたいと思っています。

ブログ「キャナリーゼゆり子の豊洲日記
長編小説「キャナリーゼの憂鬱
短編小説「(タイトル未定)」

と、3つ同時に進行しています。これもマルチタスクというより、飽きやすい性格なので、今日はこちら、明日はあちらと変えていかないと、モチベーションが保てません。この他、TwitterFaceBook、も始めてみました。

あれこれなんでもやってみたい。子どもみたいですよね。

ママ友付き合いも最近は全くお誘いがなくなり、自分の時間に余裕が出来ましたので、色々チャレンジしています。ありがたい反面、とても寂しいですね。特に今、秋ですし、人恋しい季節です。いつの間にかすっかり季節が変わってしまいました。最近は時が過ぎるのが本当に早く感じます。

いつもの通りしんみりしてしまったところで、今日はこの辺で。

三連休の最終日は、閉幕間近の「ハリーポッター展」に行ってきます豊洲どころか、現世を脱出してスッキリしてきます
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プロフィール

東十条桜子

Author:東十条桜子
江東区豊洲島に住んでいます。森生ゆり子さんのママ友で、ゆり子さんの書いたものを管理しています。このブログは森生ゆり子さんに著作権があります。

元のブログはこちら「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」
http://blog.livedoor.jp/yurikomorio/ 

私もブログ書いてみようかな。。。

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