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LAST MESSAGE

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

とうとう最後の記事となりました。先ほどの記事の通り様々な用事がこの後あり、ブログを書く時間がなくなってしまいました。約束の19時はちょうどハロウィンイベントのお迎えの時間です。なので丁度の時間にCloseする事が出来ないので、少し早く閉鎖になるかもしれません。

ただ、記事は削除しますが、ブログのURLは残します。あちこちリンクが貼ってあるところ、紹介した手前、何もなしのからっぽでは申し訳ないので、「このブログは閉鎖しました」というお知らせは残したいと思います。

昨晩話をしたKちゃんが、「私なら土日くらいはOPENにしておくわ。アクセス数がもっと伸びるわよ、勿体ない」というのですが、もう約束してしまいましたし、武士に二言はないのです。

昨日はPV6809UU383でした。こんなにたくさんの方に訪れて頂いて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。また、「応援しています」と直接メッセージを下さる方もいらして、励みになりました。お礼申し上げます。

いやいや、ハロウィンのお話どう思われました?今手が震えています。本当に怖かったです。ハロウィンだけに本当の魔女が来てしまったなんて、我ながら上手い例えだと思いますが、彼女の仮装は洒落にならない程魔女が似合って決まっていました。心臓に悪いので、もう二度とみなくて済むように祈るばかりです。

娘はディズニーが大好き、得にお姫様ものには目がなかった時期がありました。そこに必ず出てくるのは、良い魔女と悪い魔女。ボスママさんにも、いいボスママさん、悪いボスママさんがいるのではないでしょうか。しかしボスママさんというのは、私のような一匹狼、自分勝手に行動する人を嫌いますので、私にとってのよいボスママさんはこの世に存在しないという事になるようです。

あちらこちらのボスママさんに嫌われ、疎外されるという事、例えるなら企業のトップに悉く跳ねだされ、それはもうどこの組織にも入れないという事です。私は元々そういうつもりは全くなく、ママ友達で溢れ返るここ豊洲で、縁のあった方々と群れてグループの一員として子どもを育てるという目的に添った仲間達と助け合い、楽しむつもりでした。でも、なんだか、いつの間にか、こういう事になっています。

それには様々な理由や誰かの意思、運や縁、様々なものが絡み合ってそうなったのだと思います。もう苦しんで死にそうになり、もういいと思えるまで8年かかりました。「ママ友なんてどうでもいい」これはやはり強がりの何ものでもなく、出来れば私という人を理解し、寄り添ってくれるママ友さんが欲しかったなと思います。でもそれは甘えとうか幻想なのですよね。

そもそもママ友達ってなんだろう?どうしたら悩まないで済むかしら?もう私みたいに悩む人が出ませんように。そんな風に思って始めた小説やブログですが、これも余計なお世話、あなたみたいな要領の悪い人なんてそんなにいませんよと思う方が多数かもしれません。

でももしかして、私も一緒、そうなのよ、と悩んでいらっしゃる方がいらしたら、少しは気持ちが軽くなって下さったのではないかなと思います。「こんな悲惨な人がいるのね、私なんてマシな方なのね」と。

多分、ここ豊洲界隈で、一番ママ友達に悩み、苦悩し、辛酸を舐めたであろうこの私ですが、もうこれも今日で最後になると思います。

「ママ友やめました」

8年間ママ友を見つめ続けていた時間、なんと勿体ない事をしたんだろうと思います。特にKing Of BOSUMAMAさんで悩んだ時代は、丁度下の息子の授乳期、離乳食期でした。ストレスでおっぱいが出ない、でもそれにも気がつかず、一歳検診で「おかあさん、おっぱい出ていますか?」と聞かれて、慌ててミルクを足した事、息子用の離乳食、何を作ったのかあまり覚えていません。

そんな息子は平均よりやや小さく、今の私の悩みとなっています。足が速くなくていい、体操得意にならなくていい、プールなんてどうでもいい。もうちょっと大きくなってくれないかなと。

ママ友に注意を払うのをやめた私の隣には、二人の子ども達がいました。二人ともこれまでも私をじっと見つめ続けていたのでしょう。

「ママ、もっと私をみて」
「ママ、もっと私とお話して」
「ママ、もっとかまってよ」

そんな風に思いながら。

最近になり、やっと娘との関係がややよくなってきたように思います。まだまだ、そしてこれからも反抗期は続くのかもしれませんが、「ママぁ」と甘えてすり寄ってくるようになりましたし、学校のお話をよくしてくれるようになりました。私がやっと聞く耳を持ったからです。

ママ友なんかどうでもいい、私はいらない、とは思いません。地域のコミュニティで子どもを健やかに育てるためには、多くの人の手が必要です。実家も遠く、頼る人もいない豊洲のママ達、そういうものにとって代わるのは、やはりママ友以外にいないような気がします。

でも、ママ友にばかり気を使い、消耗し、疲弊し、更には子どもに八つ当たりするような事は決してあってはならないと思います。もし孤立してしまったら、仲間はずれになったと思ったら、こう思って下さい。

「気のせいだわ」と。

人の思惑などどうでもいいのです。

「お母さん達が仲良くして下さい。そうすれば子ども達も仲良くなるんです」というのは、間違いではありませんがあまり聞きたくない方も多いと思います。

「お母さん達はリラックスして下さい。そうすれば子どもたちは勝手に仲良くなるんです」

マンガ友達のKちゃんも言っていましたが、幼稚園、小学校の友達なんて私達よく覚えてないでしょうということ。中学高校大学社会人と、親の手を離れて出来た友達が今の本当の友達じゃないでしょうか?子どもが仲間はずれになるから、お友達が出来ないから、そんな理由でママ友達を求めても、何もないですし、何も残りません。

それに子ども達が大きくなれば、それぞれの学校のPTAだの、子どもの異性との交際、本当の反抗期、それから重くのしかかる教育費や諸費用。もうママ友の悩みや喜びなど消えてなくなってしまうものなのです。

私は、いずれさっぱりと無くなってしまうとわかっているものに煩わされないで、子ども達をみつめていきたいと思います。なんだか、だから何なの?という終わり方で申し訳ありません。私もまだまだ途上で、これからブログや小説を続ける中で答えを見つけたいと思っていたのですが、それが叶わなくなりましたので、答えもまだ見つけられていません。

わかるのは、もしかして人生最後の日なのではないかしら?そうしたらきっと私はこう思うと思います。

「もっと子どもとの時間を大切にすればよかった」

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「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」はこれで終了となります。今までご支援、本当にありがとうございました。


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theme : 思ったこと・感じたこと
genre : 日記

ママ友やめました4

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

今日は娘の小学校で、学校公開がありました。学校公開とは、昔でいうところの授業参観ですが、学校の中を全て公開するということです。時間も決められていませんし、都合の良い日に行けますので、とても良いシステムだと思います。ありがたいです。また後から行ってみようと思います。

娘は最近になりクラスで仲良しの子が出来たようで、楽しそうにキャッキャとはしゃいでいました。前は私が行くとほっとしたようにすり寄ってきたのですが、今日は「ああ、ママ来たの」という感じでした。こうなるとちょっと寂しい気もしますが、娘の成長が嬉しくて、ニコニコしてしまいました。母親の心はあっちに揺れたりこっちに傾いたりと忙しいのです。

前置きはこのくらいにして、続きです。

Kさんに無視されて傷ついた私は、グループ全員に宛ててメールをしました。内容は、こんなトラブルがあったということ、私が悪かったという事、ここでもKさん、Oさんにも改めて謝罪をしました。

返信は誰からもありませんでした。一晩経っても、一日経っても。私は不安になりました。

園にお迎えに行くと、今は私の顔を見ると嫌な顔をするMさんがいました。「おつかれさま」という挨拶の後、「ねえ、どうなっているの?みんなで無視なんてひどくない?Kさん、ひどいと思わない?無視するのよ?」と言いましたが、Mさんはちょっと困った顔になり、「うん」とか「あー」みたいに言葉を濁して、去ってゆきました。

「おかしくない?どうして?私が何をしたっていうの?」

もう頭の中はグルグルしていました。自分がKさんを怒らせるような事をしたのは確かです、でもきちんと謝罪しました。世の中には謝って済む話とそうではない話がありますが、「謝っても済まないよ」と言われているような気がしました。

そこに丁度よくOさんが気ました。「メール、誰からも返信がないの」と訴えると、Oさんは「うーん」という感じで、「あのね、Kさんの事だけじゃないの、みんなゆりちゃんの事怒ってるのよ」と言います。「え?何が?私なにかやらかしたかしら?」考えても何も思い当たりません。

「ほら、この間、夜飲みに行こうって話が出た時、Hさんから都合聞かれたでしょう。それでゆりちゃんがこの日って言った日にみんなが都合を合わせたのね。でもゆりちゃん、結局用事が出来たとかで来なかったじゃない。それでみんな怒っているのよ」と。

えー?そんな事?確かにボスママHさんにメールで都合を聞かれました。それでこの日ならという日を提示したのですが、飲み会3日前くらい都合が悪くなり、「申し訳ないけれどみんなで楽しんで来てね」と全員にメールをしたのです。いけなかったみたいです。

「そうなんだ、じゃあもうグループは抜けないといけないね。みんな私を怒っているんだものね」というと、Oさんはちょっと困ったように「うん、でもBUDDYはお母さんいっぱいいるし、また仲良しさんが出来るわよ」と私を慰めてくれました。

半分冗談でした。「グループを抜ける」なんていいましたが、私はそんな気はさらさらなく、しばらくすればまた元に戻れると思っていました。そして「もうあんな事やめてよね」とKさんにいじられ、「ごめんって、本当に悪かったと思って反省しています」などと返す。でも違うようです。私はグループを抜けないといけなくなっていた、いえ、もうこの時点では、既にグループから外されていたようです。

家に帰って悶々としていた私は、グループ全員にメールを打ちました。こんな仲間はずれみたいな事して恥ずかしくないの?いいと思ってるの?誰の意思でこんな事をしていますか?というような内容です。返信がないので、同じようなメールを翌日も送信しました。今度は「ごめんなさい、許して下さい」というような言葉も入れました。自分がすごくみじめに感じました。

でも、誰からも返信はありませんでした。

その翌日の朝、園に息子を送って行くとKさんが玄関前にいました。私は無視されてイライラしていましたので、Kさんに真っ直ぐ向かってこう言いました。「ねえ、ちょっと、いい?」するとこちらをチラとも見ずにKさんは「ちょっと待って」と言いました。「子どもには聞かせられないから」私はかちーんときました。子どもに聞かせられないような事しているのはあなたの方よと。

KさんがS君にあれこれ話しかけたり、洋服を直したりするのをやや離れたところでずっと見て終わるのを待ちました。やっと門に向ったので、私はやや離れて後ろを歩きました。門を出たところでKさんが突然こちらを振り向いてこう言いました。

「ねえ、頭おかしいんじゃない?」と。「え?何が?」「あんなメール全員に送ったりして。それにYちゃんに文句言ったんだって?Yちゃん、妊婦なんだよ」

その頃MさんことYちゃんは、お腹の大きな妊婦さんでした。刺激して何かあったらどうする?と言いたかったのだと思います。確かにそうですが、グループから無視され、その一員の方がいれば「どういう事なの?」と聞くのは普通だと思っていました。それにそういう原因を作ったのは確かに私なのですが、「無視する」とか「グループから仲間はずれにする」という事をしているのはKさん始めグループの方々です。

「Yちゃん妊婦なんだよ」という言葉にひるみましたが、「頭おかしい」と言われて頭にきました。

「おかしいと思わないわ。仲間はずれにされて、それがどうしてって聞いて何故いけないの?」

kさんは、ふんっという感じで「いい加減にして下さい」と言ってららぽーとの方へどんどん歩いて行きました。逃げられてしまうーと焦った私は「ねえ、こういうのイジメっていうんだよ。恥ずかしくないの?私達大人なのよ?」

「ちょっと!」最後は大きな声が出ました。Kさんの逃げ足が思ったより早かったからです。結局後を追う事はせずに、Kさんがららぽーとのメインエントランスに消えてゆくのをみていました。

もう駄目なんだわ。やっと理解しました。

娘の迷子騒ぎはきっかけに過ぎず、グループのメンバーの人たちはちょっと前からグループの忠誠心が足りない私に対して良い感情を持っていなかったようです。

その晩、LINEをチェックしてみると、このグループで構成されていた「グループ」は、私ひとりになっていました。前に書いた記事の通り、Oさんは元々入っていませんでした。「私ガラケーだから」という理由で。今思えばこのOさん、グループにはいますが、がっちりという感じではなく、ふんわりと存在していました。お揃いで何かを買おうという事になっても最初からすっきり断っていましたし、集まりにも上手な理由で最初から来ない事がたまにありました。

私はといえば、断り切れずに参加すると言いながら結局来ない、お揃いで買ったもののやっぱりいいわと返したり。そういう事が重なりイライラしたのだと思います。優柔不断さは一番人をイラつかせます。私もそういう人に遭遇するとイライラして心の中で「どっちやねん」とつぶやいたりします。

私はもうわかったと思いました。グループから出される事はもう決まった事。でも、ここでも一番心配なのは息子のこと。このグループでよく遊びに行ったり集まっておやつを食べたりしたのですが、息子は本当に楽しそうにはしゃいで生き生きとしていました。まだこういう事を説明しても理解できないでしょうし、これから様々な制約が出た時にどう対応しよう。一番困るのが息子と出かけた時にこのグループと遭遇したら。息子はきっと喜んで「おーい」などと笑顔で混ざろうとするでしょう。そんな時、どうしたら、どうしたら。

ひとりになったLINEのグループを眺めながら、涙が出てきました。わーっと泣きたかったのですが、涙がうまく出てきませんでした。代わりにいきなりぶわあああっと不安の塊というのでしょうか?上手く説明出来ないのですが、「怖い、怖い、だれか助けて」という気持ちに包まれました。パニック障害を起こしたようです。

パニック障害という病気、聞いたことはありましたがまさか自分がそうなるとは思ってもいませんでしたので、最初は自分に何が起こったのかよくわかりませんでした。でも日に日にそうなる回数が増えてきて、ちょっとおかしいわと思い始めました。「頭おかしいんじゃない?」というKさんの言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返されます。いつもの内科の先生のところに行って説明すると、いつも診て下さる医師の先生はこう言いました。

「言いにくいんだけど、これって内科じゃないと思うんだ。心療内科に行った方がいいよ」と。どきっとしました。鬱を患った事はありますが、その続きなのでしょうか。「以前に鬱になった事があるのですが、そういう感じですか?」と聞くと、先生は「うん、そう。紹介状を書いてあげるから、この道路をはさんだ向こうにあるりんかいクリニックか、ちょっと遠いけどくじらホスピタルというところがあるから、そのどちらかがいいと思うよ」

せっかく最近はママ友が順調にいきだしたと思って鬱が治りかけたと思ったら、またこういう病院に通わなければならないようです。そして「パニック障害という感じなのかな」と言われましたので、その通りなら、娘のママ友付き合いに疲れて鬱になり、今度は息子のママ友付き合いのトラブルでパニック障害になり。ドーパミンが足りなかった私は、今度は過多で苦しむようです。自分の不甲斐なさにがっかりしました。そしてこうも思いました。

私、ママ友付き合いに向いていないんだわ。今までのように関わっていたら、悩んでいたら、もう死んでしまうかもしれない。もうやめよう。

家に戻って私はまたメールを打ち出しました。グループの全員に向けたメッセージです。今度こそ最後のつもりでした。今まで仲良くしてくれたお礼と、こういうのはイジメだということ。私は苦しんでいるということ。息子の事は無視しないで。そういう内容です。これも誰からも返信はありませんでした。

「もう終わった」

そう思いました。寂しかったですが、もう何もかも終わったのだとちょっとせいせいする気持ちにもなりました。忠誠心が足りないと思われていたようですが、私は私で、こうしたお母さんだけの集まりって意味があるのかしら?と感じはじめていましたので、そういうものに誘われなくなるというのはむしろ歓迎でした。でも、子どもの同伴という意味ではグループに関わってゆきたいと思っていましたので、非常に困ってもいました。

前出のOさんのように、出来ないことはサラリと断る、最初からNOという、自分の許容範囲の事には爽やかにOKを出す。何故私は出来なかったのでしょうか。

私はふてぶてしい自分勝手な人ではないと思っています。逆に人に気を遣いすぎて、メールを送信した後に「あの内容でよかったかしら?」ランチ会の後では「あんな事言わなければよかったかしら?」とか、ちょっと誰かが不機嫌そうな顔をしていると「私のせいかしら?」と胸に手をあててみたり。特にこのママ友付き合いでは神経をすごく使いました。そういうのってやはり出るのでしょうか。うっとうしいと思われていたかもしれません。

もうこれからは、ひとりでいよう。もうグループに属することはやめよう。私、向いていないもの。Oさんはまた仲良しさんを見つけてと言ってくれましたが、もう無理だという事はわかっていました。豊洲のお母さん、BUDDYのお母さん達というのは、緻密なネットワークで繋がっており、何かあればすぐ広まるようになっています。特にこういう私のやらかした事というのは、本人の意思は全く無視してあちらこちらに拡散されます。しかも私に不利な事ばかりがクローズアップされて。

「森生さん、ひどいわ」「自分が悪いのに逆切れしたらしいわよ」「ひとりでどこかに行っていた時らしいよ」「気楽でいいわね」「旦那さんも可愛そう」「グループをとっとと抜けたらしいわよ」「強いのね」「私だったら泣いちゃうかも」

そんな声がずっと頭の中でぐるぐるしていました。この時の私、今思えば本当に「頭おかしい」状態だったのかもしれません。

お昼の時間になりましたので、食事して買い物に出かけたいと思います。

そうそう、学校公開ももう一度覗いてこようかしら。母親が何度も顔を出してくれるというのは、それだけで嬉しい筈です。出来の悪いこんな頭のおかしい母親でも、子どもは無条件に愛してくれます。せめて、こういう時くらいは喜ぶような事をしてあげたい。母親らしい事をしてあげたい。そんな風に思います。

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genre : 日記

ブログ閉鎖のお知らせ

おはようございます、キャナリーゼの森生ゆり子です。

本日はまず、お知らせがあります。昨日の記事にコメントを下さった、BUDDY豊洲園の園長先生の意向を汲み、このブログは今週金曜日平成25年10月25日金曜日午後19時をもちまして、閉鎖する事にいたしました。

私の妄想ブログ、ノンフィクションだと思う方がたくさんみえて、実在の関係者の方にご迷惑をおかけしたようです。私の想像力、創造力、自分が思った以上に高いようで、今後小説家、もの書きとして生きていく上での自信に繋がりました。

コメントを下さった、もんさん、スワンママさん、かのんさん、ありがとうございました。頂いたコメントで落ち込んだ気持ちが浮上できましたし、このブログを閉鎖する気持ちにもなれました。コメント頂いていなかったら、意地でブログを続けていて炎上したか、息子がBUDDYを退園しなければならない事態になっていたかもしれません。直接お目にかかってお礼を言いたいくらいです。

逆に、自分の地域や子どもの通っている小学校幼稚園の悪口を書いて何が面白いんだ、というコメントがありましたが、そうではない事は女性は、小さな子供を持つお母さん達はちゃんとわかってくれているようなのですが、やはり男性から見たらそうではなく、豊洲に住む割と余裕のある専業主婦が、愚痴や不平不満をブログに綴っているという風に思われたようです。

これはやはり、性差というか、男性目線、女性目線の違いです。このコメントを下さった男性の方からしたら、今話題の豊洲に住む余裕のありそうな専業主婦なら、何もかもがキラキラして幸せで、そういうところをブログに書いて欲しい、という願望なのだと思います。女性は、問題提起などせず、にっこりほほえんで楽しそうな雰囲気を見せてくれ、全ての女性というものはそういう存在でいて欲しい、と。

いっそ、キラキラブログにイメージチェンジして、「キャナリーゼリゆり子のキラキラ豊洲日記」にしようかしら?そんな風にも考えましたが、続く訳がありませんし、私がブログを書く意味がなくなってしまいます。

こうした圧力や否定的なコメントに屈したという訳ではありませんが、このブログは閉鎖する事にしました。理由は以下の通りです。

まず、昨日BUDDYの園長先生から「ブログを閉鎖して下さい」というコメントがあった時、私はこう考えていました。森生ゆり子に会いたがっている田中園長先生、こうなったら直接対峙して折衷案を提示してみようかしら?と。BUDDYの悪口を書いている訳では決してないこと、もし損害が発生しているのなら、今後の対策として問題と思われる箇所だけ削除して、ブログは続けさせて下さいと。

でも、とある方のアドバイスで、もうまるっと閉鎖する事にしました。そのある方とは、以前お世話になった事のある、弁護士の先生です。

私がグループから外された際に、グループの方と揉めてBUDDYの田中園長先生から呼び出しを受け、私を排除した方々と話しう場に出席する事になりました。2013年3月10日の事です。この時、私はこの弁護士の先生に相談していました。第三者として一緒に出席して下さいませんか、と。

その話し合いの場、私は「いじめ会議」と名付けたのですが、このいじめ会議の場に私の味方は誰もいませんでした。正確には夫も出席する事になったのですが、配偶者の証言だけでは弱い、と思いました。私は裁判所に行くような気もちになっていたのかもしれません。裁判官は、田中園長先生です。なので弁護人、私の考えや気持ち、心情を弁護してくれる存在が必要なのだと。それから、後で言った言わないに発展しないよう、第三者が必要だとも思っていました。

先生はうーん、と考えこんだ後で、「出席するのはかまわないが、森生さんにとって良い方向に行くとは思わない、だから私は行かない方がいいと思う」とおっしゃいました。弁護士と名乗る者がそういう場に行くと、出席した人たちが本当の事を話し辛くなるでしょうし、園長先生の顔を潰す事になると。それに、と付け加えて、

「弁護士っていうのは、依頼者の利益を守る役割をするのであって、森生さんはお金が欲しい訳じゃないでしょう?もし、そのいじめた方々により精神的、肉体的に被害があった、あるいは名誉を棄損され損害賠償を請求したい、そういう事なら私は役にたつと思いますが、ただ第三者として同行というのは意味がないと思いますよ」と。

私は成る程と思いました。逆に考えてみても、もしグループの誰かが弁護士の方を連れてきたら、やはりいらぬ緊張するでしょうし、余程BUDDYが、園長先生の事を信頼していないんだなと思うと思います。なので、弁護士の先生に同行して頂くのは諦めました。代わりに、

「先生、私、自分の体験を元に小説を書こうと思っているんです。書いたら読んで下さいね」

と言いました。先生は、へえーっという顔をチラッとした後、すぐにいつものポーカーフェイスに戻り、「わかりました」と言ってくれました。

その先生が、昨晩お電話を下さってこう言いました。事前にこのブログというより、小説を書くにあたり、こうした豊洲の方々を偽名で登場させる事にについて問題がないかどうか、相談していました。その続きではないですが、息子が通っている園長先生から損害が出ているとコメントがつき、ブログ閉鎖を要請させているが、閉鎖しなくてはならないのか、しないとどういう事が発生するのか、事件(裁判)になるのか、などなどです。

「ブログ、ざっと、えーと幼稚園のところだけ読んだのですが、これは実在する幼稚園なんですか?」
「はい、そうです。息子が通っています」
「どうしてこれを書く必要があるんですか?」
「私だけじゃなく、お母さん達のお付き合いで悩んでいる人がたくさんいるんです。なので社会をよりよくする為に、問題提起のためにブログを書いています。」
「成る程。でも息子さんが今後も通うおつもりがあるのでしたら、園長先生の言う通りにした方がいいですね」

それから、「このブログの内容では、損害賠償請求はまず難しいでしょう」とも。

私は落ち込みました。先生は言葉は少ない方ですが、いつも正直で的確なアドバイスを下さいます。その先生が言うのですから、その通りなのだと思いました。自分でもわかっていました。息子が通っている幼稚園の園長先生、もし意地を張ってブログを続けたら、息子が幼児園でどんな目に遭うか。園長先生のブログコメントにもはっきり書いてありました。

止めないと、豊洲BUDDYの園児、関係者から非難を受ける事になります、と。

もう現状私は今既にそういう状況にある訳で、今さらそれらが追加されたとしても痛くも痒くもないのですが、「あなたの子どももそういう目に遭いますよ」と言っているのです。これは大問題です。

私自身は孤立した村八分のような状態なのですが、息子は違います。確かに、誰かお友達とそのママと、ららぽーとでおやつを食べたり、ランチしたり、一緒にどこかに行くという事は全くなくなりましたけれども、園生活は、楽しく健やかに過ごしていてくれていると思います。もしそうでないならとっくに退園させているでしょうし、豊洲を引っ越ししてどこかに行ってしまっていたかもしれません。

子どもなんか生まなければよかった、子どものいない世界に行きたい、子どもなんか嫌い、といいつつ、やはり子どもは自分より大切で、少しでも幸せに健やかに存在していて欲しい対象なのです。大切なのです。無条件に可愛いのです。私の命なのです。

なのでブログは閉鎖する事にしました。権力に負けたのでもない、自分に負けたのでもない、息子が大切なのです。ひとりの森生ゆり子という女性は、母親である森生ゆり子に負けたのです。

母親、こんな厄介な仕事がこの世にあるでしょうか?対価を求められる訳でもない、普段は誰からも感謝されなければ褒めてもらえる訳でもない、それどころか、その仕事を少しでもさぼったり手を抜いたり息抜きしようものなら、非難されます。「母親のくせに」と。

因果な商売なのです。

息子をいつものように自転車でお迎えに行ったBUDDYからの帰り道。息子に聞いてみました。

「ねえ、BUDDYやめて豊洲幼稚園に行こうか?Nちゃんも、Kくんも行くらしいよ。お姉ちゃんの小学校もすぐお隣だし、楽しいと思うなあ」すると、いつもは「うん、もう辞める」だの「やったー!」などと小躍りして見せるのですが昨日は違いました。

「僕、BUDDYやめないよ」

いつもと同じように冗談めかして話したのですが、今日はいつもとは何か違う、そんな空気を読み取ったのかもしれません。私はもうBUDDYやめてもいいなと思っていました。そうしたらなんの遠慮も障害もなく、小説やブログを書き続けられると。

BUDDYにはなんの不満もありませんでしたし、こんな幼児教育をしてくれるところは他にありませんので、出来れば続けたかったのですが、「ママ友って何?」というテーマというか、問題提起をするという事は私のライフワークになっており、息子よりそちらを優先させるつもりでいました。

でも、真っ直ぐな目をして真面目ぶって「BUDDY辞めない」と息子に言われては、どうする事も出来ません。私は母親なんだなと、実感しました。母性なぞ持ち合わせがないと常々思っていたのですが、そうではなかったようです。

そういう訳で、ブログを楽しみにして下さっていた皆様、コメントを下さった方には申し訳ないのですが、このブログは閉鎖する事になりました。ブログを始めたのが2013年7月25日、閉鎖する予定が2013年10月25日。なんの偶然か、ちょうどぴったり3カ月間、ご支援下さいましてありがとうございました。応援して下さっているのは、ブログの閲覧数で実感しておりました。

昨晩はPVがなんと4110、確認した時は一瞬自分の目を疑いました。

私の考えていた事は、やはり間違っていませんでした。「ママ友達」で苦労している方が、ここ豊洲だけではなく、日本中に溢れているということ。私は孤立してひとりぼっちではありませんでした。同じ気持ちでいる人が、たくさんいたのです。ブログを始めて良かった。本当にそう思います。

ありがとうございました。

豊洲の小学校運動会

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。


今日は、娘が小学校運動会の代休で家にいます。行くところも予定も誰からもお誘いもないので、娘には家のお手伝いをして貰いました。色々出来るよになって、もうすっかりお姉さんです。


さて本日は、先日行われた豊洲の小学校運動会について書いてみたいと思います。


当日は、いつもの時間に子どもを起こし朝食を食べさせ、お弁当と水筒を持たせて送り出しました。豊洲の小学校の運動会は、親のお弁当は必要ありません。子どもと一緒にお昼を食べないからです。なのでレジャーシートもいりません。


一昔前の小学校の運動会といえば、朝早くから子どもの好物を作り果物もお菓子もジュースもたっぷり持ち、朝早くから場所取りのためレジャーシートを敷きに行ったり、その上で運動会を観覧し、お昼は子供たちと昼食を食べ、周りのお友達にお菓子を配り、近くにいらっしゃるご近所の方々との交流の場。そんな感じだったと思います。少なくとも地方出身な私の小学生の頃はそうでした。


でも今はというか、豊洲だけなのか、東京がそうなのか、子どもは子どもで教室で持参したお弁当を食べます。親は昼食の時間は学校から全員出され、各自で食べることになっています。お昼の時間中校門は施錠され、運動会再開時刻にまた開門されます。それどころか、親の観覧スペースと子どもの待機場所はきっちり隔離され、運動会の間中、子どものそばに行くことは出来ないのです。


現在、豊洲に小学校は二校あり、もう一校の豊洲北小学校も同じシステムのようです。違いは、豊洲小学校は秋、豊洲北小学校は春、運動会が開催される事でしょうか。25年度に新しく開校される西小学校はどうなるかしら?


豊洲はまだまだ広大な空き地やスペースがあり、今も隙間を埋めるようにマンション始め、新しいビルが建築されているくらいですので、小学校の校庭もけして狭い訳ではなく、ごく一般的な広さだと思います。


ただ、子どもの数が激増し、それに比例して校庭を広くする訳にはいないようで、だんだん手狭になっているのが現状です。全校生徒の家族分レジャーシートを敷くスペースはなく、上記のようなシステムを採用する、という事のようです。


観覧する際、立ち見でも全校生徒の親の分のスペールはありませんので、グラウンドで演目が始まると該当する学年の父兄が交代で観覧スペースの前方に出る、ということになっています。携帯必須の「観覧カード」が学年別に色分けされていて、前列を陣取るのは今はこの学年と一目瞭然でわかるようになっています。

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豊洲の方はマナーは良い方ばかりですので、そのあたり非常にスムーズに交代されていました。場所を何度も譲って頂きましたし、失くしたプログラムもすぐにまた入手出来ました。見知らぬご父兄の方と小学校や豊洲の四方山話をしたり、リレーの順番を教えて頂いたりと、始終和やかなムードでした。


こうした運動会のシステムは、折角の運動会なのに子どもと一緒にお弁当も食べられないなんて、と、味気なく思われる方もみえるかもしれませんが、私はこうした豊洲事情が本当にありがたいものだと思っています。


「小学校が始まったら、運動会のお昼はどうしよう」と、娘が新砂バディに通っている頃からの私の悩みでした。バディでは毎年たまたま誰かしかお話出来る方が近くにいらっしゃり、夫の両親も駆けつけたりで、それなりに賑やかなお昼だったと記憶しています。でも小学校になったら、なんとなくですが、今度こそ「豊洲のコミュニティ」内での社交が始まり、それに準じて誰かとグループを作る必要が出てくるのではないかと。


運動会でご近所の方々が様々なグループを作り、一緒に場所取りをしてお昼を楽しむ中で、うちだけぽつんと家族だけで私の作ったお弁当を囲む。親はいいのですが、子ども同士でのお菓子交換、おかずの取り換えっこ、賑やかな嬌声、追いかけっこ。そういう楽しげな様子を横目で見ている娘、それを見て心がささくれ立つ私、それを見てほくそ笑むボスママさん。色々想像して暗い気持になっていました。


でも、いざ小学校に娘が入学してみると、運動会は都会的でさっぱりしたシステムで運営されていました。いつからこうなっていたのでしょうか?ともかく運動会はママ友付き合いの心配は何もなく、親は純粋に子どもの競技を楽しめばいいだけなのです。

きっと過去、私のような心配をした方もいらっしゃったと思いますし、実際このシステム採用前は、悲しい思いをした方もいらした筈です。
もし豊洲ではなく、少子化の煽りで子どもの数が減少しているような小学校に娘が通っていたら、こうした様々な理由で悩み、嫌な思いをした筈です。


「豊洲に住んでいて良かった」


運動会本当に楽しかったです、開会式から閉会式まで全部参観しました。
豊洲ならではの子どもの多さでママ友付き合いに疲弊していましたが、今回は、マンモス校ならではのシステムに助けられた形となりました。何が災いするか、幸いとなるか、本当にわからないものですね。


それから、全学年の演目を観覧して思ったのは、六年生の大人な事にびっくりしました。もう私と体格も変わりませんし、どこから見ても本当のお兄さんお姉さんばかり。娘も私がママ友なんかでアワアワしているうちに、いつの間にか大きくなってしまうのでしょうね。下の息子も。


育児は何度でもやり直しは出来るそうですが、子どもが小さな時代はきっとあっという間です。昔に戻りたい、もっと育児を楽しめば良かったと後悔しないように、今の子どもと向き合う時間を大切にしたい。


そんな事を、秋晴れの豊洲で思った一日でした。

今日は豊洲の良いところをこうしてご紹介でき、ほっとしています。いつも読んで下さりありがとうございます。

エネミーに遭遇したら

こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。

昨日は久しぶりに、上の娘の幼稚園時代のママ友さんとお茶してきました。子どもの学年は同じですが、子ども同士の交流は今はなくなってしまい、それでも私の友達というよりは、やはりママ友さんというジャンルでしょうか。上の娘の時もママ友関係では本当に悩んで苦労ばかりでしたが、そんな中で顔を見ればほっと出来る数少ない方でした。

上の娘が新砂バディを卒園してから、一年半、こうしてお茶するのは初めてです。園にいた時も一緒にお茶なんてした事あったかしら?それぞれの家でランチをした事がありました、そういえば。そんな方と、久しぶりに顔を見てほっとしたいのと、ちょっと聞きたい事があったので時間を作って頂きました。

短い時間ですが、子どもの事、家族の事、地域の話など、あっという間に時間が過ぎました。楽しい時間は本当にあっという間ですね。素敵なひとときでしたが、いったん豊洲の話を始めると、やはり色々愚痴が出てしまいました。まだまだ修行が足りません。

それと同時に、過去の辛い記憶も思い出され、帰ってからちょっと体調が悪くなりました。時間も経ち、原因となる方とはかなり距離も出来た筈なのに、ちょっとしたきっかけで、今ここにあるリアルな体験のように感じてしまい、「怖い」と思ってました。

もう、ここまでくると立派な「トラウマ」ですね。

いじめた方は都合よく忘れるのかもしれませんが、虐められた方は、こうして記憶にしっかり刻み込まれ、いつまでも苦しむようです。忘れる事は多分出来ないんじゃないでしょうか。でも、これも相手ばかりが悪いとも言えないと、今はほんの少しだけですが思えるようになりました。

そもそもそういう人を相手にした私が馬鹿というか、相手の言動にいちいち反応していた私も悪いのです。言い方は悪いですが、悪意は無視すればよかったのです。こんな事、小学生でも知っていて、ちゃんと対応出来る子はしている対処法です。私みたいにきちんと反応する人、さぞいじり甲斐があり、楽しかっただろうなと思います。

私も今でこそ、子どもにすら「突っかかって来るのは寂しいから、相手にして欲しいから。そういうのは無視しなさい。相手にしない事」などと偉そうに言っていますが、私自身がそれが出来ていませんでしたし、今また同じような状況になったら、どうでしょう。もしかしてまた出来ないかもしれません。

過去に自分を虐めた人に対して、もう相手にしないというのはそれ程難しくないかもしれません。でも、新しく知り合った人がエネミーだった場合、果たしてそれをきちんと認識し、正しい対応が出来るでしょうか。これは学習というより、その人の持つ気質、性格によるところが多いような気がします。

気の弱いお人よし、しかも学習能力のない人は、そういう人が存在しそうなところに「もう近寄らない」という対応しかないような気がしています。それはそれで、世界が狭くなるとか、新しい人と知り合うチャンスが減るという事にもなるかもしれませんが。どこに行ってもそういう人はいます、致し方ないような気がします。

それでもそういう人に遭遇してしまったら。

もう諦めるしかないと思います。勿論、言われっぱなし、やられっぱなしでいいと言っている訳ではないのですが、そういう人達は得てして意外と人間関係を構築することに非常に熱心ですし、かなり上手です。人にわからないようにイジメのターゲットだけにわかるやり方で嫌がらせをする、そんな事も苦もなくやってのけます。なので目を付けられたら、どうしようもないでしょうね。

同時に自分の体験から思ったのは、悪意もなにもない、よく言えば天然、悪く言えば空気が読めないような、ちょっとつつけばアワアワするような人に敵愾心を燃やすような人は、はっきり言って「」なんですよね。それと多分ですが、私に対して何かコンプレックスがあったのかもしれないなと今では思います。

そんなのその人の都合で、私がどうかした訳ではないですが、「子どもの同級生のお母さん」というだけで、どうも万事下手に出てしまうというのか、子どもを慮るが故の気持ちを逆手に取られるというのか、そいういう状況だったと思います。

こういう場合の対処法は、もうまず、とにかく離れる事ですね。物理的に無理なら、自分が忙しくて考えないようにするか、相手が忙しくなるのを待つか、それとも何もかもスルー作戦で乗り切る、または相手が諦めるまで耐える。時が過ぎれば状況もいつかは変わるのです。

それが証拠に、上の娘の時に、ものすごいパワフルさで長年私を虐めた抜いたボスママさんは、育休期間が終わり会社に復帰された途端、パタッと私に構わなくなりました。ただし、未だにその方及びその取り巻きの方からは、会えばいちいち怖い顔で無視され続けていますが、もうかれこれ5年くらいそんな状況ですので、もう慣れたというのか、「そういう顔つきの方々なんだ」と思い込むことで乗り切っています。

でも、そうじゃない事はよくわかっているのですが。

以前は道で会えば、笑顔で挨拶をして、「今ホットヨガから帰って来たのよ。汗びっしょりで最高」などと話してくれた方も、新砂バディのサマータイムで子どもを交代で車で送迎し合った方も、何かと子どもの集まりに呼んで下さった隣のマンションのボスママさんも、一度もその当人達とは揉めた記憶もこちらが何かした記憶がなくても、ある日を境に「怖い顔の人」になりました。根回しも非常にソツがないのが、ボスママさんです。

この方は今でも同じマンションにいらして、今でも影となり私を苦しめています。いつになったら本当にこの方の呪縛から開放されるのでしょう。もしかしたら死んであの世に行ったとしても、追いかけてくるのではいかと思うくらいです。

昨日お茶した上の娘のママ友さんともお話したのですが、こうした状況は「豊洲ならでは」で多発している事だと思いますが、どこの地域でもあることなんでしょうか。

豊洲は、新築マンションにニューファミリー達が一斉入居し、同じような時期に子供を一斉に生むという、日本どころか世界的にみても珍しい街じゃないでしょうか。ニューファミリーのほとんどは、地方出身の方ばかり。地元や頼りにしたい実家は遠いところにあります。

それで、豊洲のママ達は、寂しさや育児不安を埋めるために、母親同士の距離が密になり、結果トラブルも多くなる、とご近所の方が分析されていて、妙に納得しました。

なので、前出の私をいじめ抜いているボスママさんの取り巻きの方は、自分がボスママに睨まれたらこのマンションでは、広義で言えば「豊洲で生きてゆけない」という、原始的な恐怖、脅迫観念から、「ボスママが嫌いな私を一緒に嫌う」ことで、一体感を得たくてそうしているのではないかと思います。

誰かを排除して仲間はずれにしていれば、自分がそうなる事はありませんものね。スケープゴードもいいところで私としては非常に迷惑な話なのですが、こうしてママ友付き合いの苦労や、ボスママさんからの虐めに遭遇しなければ見えなかった、わからなかった事がたくさんありますので、全部悪い事ばかりではなかったと、、、思えるようになりたいと思っています。

勿論イジメられていい事なんて、何もありませんでしたけれどね。

まだまだ土地には余裕があり、あちこち隙間を埋めるように今も新しいマンションが建設されているここ豊洲は、今までがそうだったように、これからも、当然新しいマンションは「一斉入居」ということになります。また私のように、ママ友関係やボスママで悩み苦しむ人を生み出すのでしょうか。

今日は、昨日懐かしいママ友さんに聞いて貰った話をブログに綴ってみました。もう3年くらい前の事ですが、昨日の事のように色々思い出しました。忘れたくても忘れられません。本当に怖い人ってどこにでもいるんだなというのが実感です。

反して昨日お茶したママ友さんは、いい人もいるんだと思わせてくれる方です。バディでご一緒していた頃からそうですが、誰からも好かれ、どこに行っても人気者で、悪い話を聞いた事がありません。昨日お邪魔したバディの父兄の方がやっているお店でも、通りかかったバディの先生はじめ、お店の方、色々な方が嬉しそうにその方に話しかけてみえました。

多分、ママ友付き合いやご近所付き合いで、苦労や嫌な目に一度も遭った事ないと思います。そういう話を一切聞いた事がありませんし、見るからに人懐こい優しい雰囲気で、そういうものとは縁がなさそうです。

私はといえばそのお店のご主人に、「森生さん、嫌」などと、冗談かもしれませんがチラッと言われてしまい、またちょっと落ち込みました。お客さんで来ているのに、、、

以前そのお店でバディの同窓会があった時、酔っ払ってテンションがあがり過ぎてしまった事があり、まだ怒っていらしゃるのかしら。あれはパニック障害の薬を飲んでいる時で、クスリで記憶が飛んでしまったのですが、そんな事はちょっと申告出来ません。

話は飛びますが、向精神薬というのは、薬じゃなくて、クスリ、ドラッグです。あれから懲りて一切飲まないようにしていますが、当時は本当に訳がわからなくなり怖かったです。最近は季節のせいか、体調もいいですし、何より対処療法というのか、原因を排除する、近付かない事で病気も良くなっているのを実感します。

病気の原因がママ友で良かった。これが同居のお姑さんとか、会社の上司だったら排除も隔離も出来ない訳で。かといって、何もかも終わった訳ではないですし、子どもがまだ小さい現在、ママ友付き合いはうまく機能していないながらもまだまだ続きます。もう健康にだけ気をつけようと思います。ママ友付き合いは上手く対応する術が今は何もありませんし、諦めではないですが達観したつもりにならないとやっていけません。

寂しいですけれどもね。

今日もしんみりしてしまいました。秋だからでしょうか?

それでは今日はこの辺で。今日はあれこれと長くなってしまいました。最後まで読んで下さりありがとうございます。
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プロフィール

東十条桜子

Author:東十条桜子
江東区豊洲島に住んでいます。森生ゆり子さんのママ友で、ゆり子さんの書いたものを管理しています。このブログは森生ゆり子さんに著作権があります。

元のブログはこちら「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」
http://blog.livedoor.jp/yurikomorio/ 

私もブログ書いてみようかな。。。

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